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第十一話 「紀伊国雑賀衆の町にて」




――雑賀衆の町へ着くとすぐに銃声が響く。

よく聞いたことがある運動会の時のアレよりももっと重くて低い銃声。

私は佐助さんの腕に掴まることも忘れて、両手で耳を覆った。

その瞬間、馬から落ちそうになるものの、慌てて佐助さんが馬から飛び降りて私を抱える。

…間一髪だった。

バサラ補正のない私なら、馬から落ちて死んでもおかしくはなかった。

私がほっと息をついた瞬間、隣の慶次さんが何やらぶっ飛んでいた。

…何が起こったのだろう。

ふと見ると、綺麗な女の人がこちらを見ていた。

…多分間違いなく孫市さんだ。三次元で見ると、やっぱり美人だな。

私は孫市さんに見つめられて思わず赤面してしまった。

後ろで私を抱えている佐助さんが小突くが気にしない。


「えっと…雑賀孫市さんですか?」

「ああ、そうだ。よく来た、異世界の姫よ。我らはこの逢瀬を歓迎しよう。」

「私も孫市さんに会えて嬉しいです!」

「まったく…俺様達があれだけ名前ちゃんの情報を出さないように気ぃ使ってんのに、何で雑賀衆が名前ちゃんのこと知ってんだか。」

「もはや秘匿しようとも無駄だ、武田の忍びよ。異世界の姫の情報はあの前田からも奥州からも、江戸からも上杉からも聞き及んでいる。武田がいくら秘匿しようとも、他から漏れている限り無駄だ。」


 孫市さんは慶次さんが飛んでいった方に目をやる。

すると、先程までのびていた慶次さんがすくっと起き上がり、こちらへ向かってくる。

一体、何があったのか気になるところだが、聞かないでおこう。


「ひでーよ、孫市。会った瞬間に蹴りとはひでーじゃねぇか。」

「…お前と関わると碌なことがないと思ったからだ。それより異世界の姫よ、我らに何を望む?」

「…その呼び方やめてください。もう姫っていう年ではないですから。武田名前といいます。名前でお願いします。」

「承知した。…で、我らに何を望む?武田と契約を結べとでもいうのか?」

「そんなこと、御館様も真田の旦那も望んじゃいないさ。俺達はただ薩摩に用があるだけだ。」


 孫市さんは佐助さんの言葉に少し思案すると、口を開いた。


「よかろう。そういう考えであれば、我らにも案がある。我らとしては不本意だが、あの男を呼ぼう。毛利の地を通るよりも海を渡る方が容易いだろう。」


 孫市さんはそう言うと、部下の方々に指示を出す。

しばらく待っていると、海の方から知らせが届いたらしい。

孫市さんに飛びつき、再びのびた慶次さんを置いて、孫市さんに導かれるまま、馬を走らせ、海側に向かう。

久しぶりに見る海に少し心が躍る。

…なんせ竹中専務のプライベートビーチぐらいしか夏休みは行かなかったもんな。

ワーカホリックな佐助さんじゃないけどなんだか、泣けてきた。

冬が近づきつつある海は何だか寒々しい。

ぶるりと震えていると、佐助さんはひざ掛けを羽織らせてくれる。

…自分の分も買っておけばよかった。

あ、荷物の中にヒートテックがあった。着ておこう。

佐助さんの着物を掴んで、馬から降ろしてもらうよう頼むと、佐助さんは訝しげに私を見る。

その表情は何だか怖い。


「…名前ちゃんどこに行くつもり?」

「嫌だな、佐助さん。どこにも行かないですよ。私はただ少し寒くなってきたから、ヒートテックを着こもうと思いまして。これで羽織がなくともあったかですよ。」

「そんなに寒いなら、俺様にひっついていればいいのに。…温めてあげるよ?」

「佐助さんのその言い方、何か不穏なので、遠慮しておきます。」


 私が丁重にお断りすると、佐助さんは殊更残念そうな顔をする。

あ、やっぱり何かする気だったんだ。危なかった。

海側まで辿り着き、馬から降ろしてもらうと、木陰あたりに隠れ、いそいそと着替え始める。

…なぜか佐助さんも一緒だ。

このくらいの着物なら、着付けは出来るようになったというのに、自分が着付けすると言い張ってきかなかったからだ。

こういう時に幸村さんがいれば、「破廉恥」で何とかしてくれるんだけど、今回何とかしてくれる人は誰もいない。

とにかくにやつく佐助さんにされるがままに着替えをさせられた。


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