第十話 「武蔵国旅立ちにて」
――江戸を出る時、徳川さんは「忠勝」に乗って見送りにまで来てくれた。
私と佐助さんはいつものように馬に乗る準備をすると、徳川さんは朗らかに笑いながら言った。
「…何やら面妖だな、その馬の乗り方。向こうの世の乗り方なのか?」
「残念ながら向こうに馬に乗る習慣はありませんから。…この紐は言わば赤子を抱っこする時に使用する抱っこひもみたいなものです。そして、抱っこをするおか……。」
「名前ちゃん、余計なことは言わなくていいから。」
「お母さん」と言いたかったのに、佐助さんに遮られてしまった。
「オカン」扱いも駄目なのか。
…というよりも徳川さんに面妖呼ばわりされたけど、本多さんに乗る徳川さんの方が面妖に見えるのは何やら気のせいだろうか。
私がその事実を徳川さんにツッコもうか、ツッコまないか迷っていたところ、幸村さんの言葉によってその思考は遮られた。
そうですよね、そんなことは「BASARA」だから、今更ツッコまなくてもいいですよね。
「佐助、名前殿。これからの旅路のことだが、如何様に進めるつもりだろうか。…もう一度武田の地に戻るのもよいとは思うのだが。」
「…それは旦那が名前ちゃんと一緒にいたいからって勧めてきてるんじゃないの?武田に戻るにはちょいと遠回りに思えるんだけどね。残念だけど、旦那はここでお別れってことで。…あ、旅の道連れが欲しいんだったら、前田の風来坊か才蔵をつけてあげるよ。」
「ちょいと待ってくれよ!俺も加賀に帰る前提で話するなよ。どうせ孫市のところを通るんだろう?だったら、俺も一緒の方が話はつけやすいと思うんだけどよ。」
ふいと木陰を見て(多分才蔵さんがついてきているのを見たんだと思う。)から幸村さんに片手を振る佐助さんに対して、慶次さんが両手を前に出して反抗する。
佐助さんは気だるげに慶次さんの方を見てから、私に声をかける。
…佐助さんの慶次さんをスルーする確率がかなり高い気がする。
「名前ちゃんも俺様と2人きりで旅したいもんね。」
「…いや旅の道連れは多い方がいいとは思いますが。それに旅に出る前に、かすがが佐助さんと2人で旅するのだけは絶対やめておけと何度も言っていましたし。」
「って何言ってくれてんの!かすが!」
「忍びの兄さん、かすがちゃんに信用ないな。」
「いつものことです。」
結局、3人で雑賀衆の地へ向かうことが決まり、佐助さんが深いため息をつく。
その横で、様子を寂しげに見つめる幸村さんと何だか羨ましそうに見ている徳川さんがいた。
「…某も執務がなければ、共に参るというのに。」
「ふむ…これがワシの求める絆の一部かもしれんな。」
「徳川殿のいう絆が何かは分かりませぬが、某と佐助、名前殿がいう「家族」は某の絆やもしれませぬな。」
「羨ましいな、幸村。お前には信玄公といい、絆を築けるものが沢山いる。…ワシは昔、天下統一を求めるあまりに失ってしまったがな。」
「名前殿の旅が終わったら、また会いましょうぞ。その時であれば、石田殿と和解できるやもしれませぬし、名前殿の家族にも入れてもらえるやもしれませぬ。某は徳川殿なら、家族に入れても構いませぬ。」
――江戸にて徳川さん、幸村さんと別れた私達はより西に位置する雑賀衆の町へ足を向けた。
――第十話 「武蔵国旅立ちにて」
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