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第一話 「上田城の忍び部屋にて」




――眩い世界に包まれ、私は目を閉じる。身体が引っ張られるような浮遊感に酔いながらも、しがみつく。

…置いていかれるもんか。

しばらくすると、畳の匂いに包まれ、恐る恐る目を開けてみる。

…何か小部屋みたい。


「ここは……。」

「俺達、忍のちょっとした私室ってところ。ここで俺は仮眠をとってる。一応、旦那に宛がわれた私室みたいなもんだから、俺様と部下の忍び以外は誰も立ち寄らない場所だよ。ちょっと旦那と御館様に挨拶してくるから、名前ちゃんはここで待ってて。」


 佐助さんはそう言うと、天井の方に目をやる。佐助さんの呼びかけに応えたのか、忍らしき人が1人降りてくる。黒ずくめだ。思わず佐助さんの陰に隠れてみたら、佐助さんに笑われてしまった。


「そんなに警戒しなくてもいいのに。此奴は俺の部下の才蔵。名前ちゃんがここで待っていてもらう間に一応、護衛としてつけておこうと思って呼んだんだ。才蔵、こっちは名前ちゃん。少しの間、任せてもいいか?」

「御意。」


 佐助さんは才蔵さんに私を任せると、私に向かって片手を振った後、字面通り姿を消してしまった。

これが忍術なのか。

思わず感嘆の声を上げていると、才蔵さんが私に声をかけた。


「長からの紹介があったとは思うが、霧隠才蔵だ。長から護衛を任された。その前に…その荷物の中身を見せてくれないか。」

「えっ!?」



 思わぬ才蔵さんからの申し出に私は声をあげてしまった。いや、これは見せられない物も入っている。少し躊躇はしたものの、こちらの世界に来た以上、持ち込んだものを検分しなければならないのだろうと思い、才蔵さんに旅行鞄を渡す。

 ちょっとした着替えに、入浴グッズ、化粧品――ここまでは才蔵さんにちょっとした説明を施すと、すぐに理解してくれた。

多分、幸村さんと佐助さんに粗方聞いているのかもしれない。

少し手間が省けたとほっとしていると、才蔵さんの手にはスマホがあった。

…これは大分説明が必要な奴だな。


「えっとこれは異世界でいう忍びの役割を持っていた絡繰りです。主に遠方との通信、遠方の様子を事細かに描かれた絵みたいなものをこれに入れて持ち込んだりするものです。実際に見た方が分かりやすいですよね。ちょっと待ってください。」


 私は才蔵さんからスマホを受け取ると、画像フォルダを開く。

これが一番分かりやすいか。

クリスマスパーティーの時に撮った写真を才蔵さんに見せた。


「これが今年、宴を開いた時の写真です。幸村さんも御館様も写っているでしょう?」

「…面妖な絡繰りだな。武田だけでなく、伊達や上杉、前田に徳川まで共にいる。」

「ほとんどが私の家族みたいなものですから。」

「こちらの「スマホ」もそうなのか?」


 そう言って才蔵さんが見せてきたのは佐助さんに持たせていたスマホ。私がしたのと同じように才蔵さんは操作し、画像フォルダを開く。

いや、確かこれには不味いものが入っていたはず。

私が止める間もなく、才蔵さんは画像フォルダの画像を見ると固まってしまった。

…そりゃそうだろう。その中には佐助さんに仕置きされた時の私の姿が映っていたのだから――紛れもない破廉恥画像だ。

本当は消してしまいたかったのだけれど、パスワードが必要なものだから、中々、消せないでいた。

何か言いたげな私に才蔵さんは目をやると、私の肩に手を置いて呟いた。


「見なかったことにしておく。」

「助かります。」


 今の私と才蔵さんは同志だ。

2人だけの秘密だと固く誓い合い、才蔵さんは次の荷物を取り出した。

…いや、これも2人だけの秘密にしたいな。


 私はどうしても手元に残したかった同人誌を1冊だけ荷物に紛れさせていた。

自分の大好きなサークルの佐幸。

…やっぱり三次元の彼らと二次元の彼らは違うものだから。

私は絶望の表情で才蔵さんが同人誌を検分するのを見つめる。

才蔵さんにとっても衝撃的だったのか、同人誌を持ったまま、先程と同じように固まっている。

私は恐る恐るといった風に才蔵さんに懇願してみた。


「すみません。これも…見なかったことにしてもらえませんかね。」

「すまんが、無理だ。長に報告する義務がある。」

「なんで!?」

「あの「スマホ」とやらは同様のものがあったから、1つだけ見たと言えば済む話だったが、これは無理だ。」

「…こんなの佐助さんに知られたら、仕置きものだって。寧ろ今度こそ……。」


――私は最悪の事態を予想してぶるりと震える。

そして無意識のうちにお尻を庇ってしまう。

考えただけでも恐ろしい。

私の青ざめた顔を見たのだろうか、才蔵さんは同情を含んだ目で見てくる。


「…同情する。」

「そんな同情の言葉いらないんだから!」

「へぇ…随分と仲良くなったもんだね、名前ちゃん。」

「あ…………佐助さん。」


 私が才蔵さんに掴みかかると同時に、佐助さんの声が聴こえた。

表情を窺うと――すごく怒っていらっしゃる。

だって綺麗な笑顔にも拘らず、瞳の奥は笑っていない。

私は固まってしまったが、才蔵さんの方は至って冷静だ。

案外、忍の仕事の中で佐助さんのこんな表情は見慣れているのかもしれない。


「長、手荷物の検分は今、終わったところだ。」

「…随分遅かったね。名前ちゃんとの親交でも深めていたの?」

「長、誤解だ。長の嫁に手を出す奴は真田忍隊の中には1人もいないだろう。「くっきー」というものを検分する際に見つかった名前殿に宛てた恋文を長が凄い形相で始末していたのを小助が見ていたからな。命が惜しい。俺はそんなつもりはない。」


 私が固まっている間に、佐助さんと才蔵さんの間で話が進んでいく。

何か恐ろしい裏話を聞いたような気がする。

相変わらずの佐助さんの狂愛っぷりに舌を巻きながらも、同人誌だけは回収しようと2人の眼を盗んで動こうとしたのだが、佐助さんの鋭い声で私の足は竦んでしまった。


「で、才蔵が見つけたっていう問題の書物は?名前ちゃん、持ってるよね?出しなさい。」

「マジ勘弁してください。私の唯一のオアシスなので見逃してください。」

「オアシスだろうが何だろうが、こういうのを俺様の眼の届くところに置いておくんだったら、どうなるか向こうの世界で散々教えたよね。覚悟はできてる?今日の夜、楽しみにしてるよ。」

「見逃してください、お願いします!」

「アハー、ダメ。」


 ヤバい、佐助さんが見逃してくれない。私は今日の夜の地獄が頭を過り、頭を抱えた。


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