第四話 「上田の城下町にて」
町へ行くために、気軽な格好では駄目と鎌之介さんに言われ、着付けをしてもらう。
…町の中歩くのにこんな着付けをしていいのか?
少し疑問に思ったことを鎌之介さんに聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。
「…武田の養女の名前姫はもう巷では有名になっちまっているんだよ。しかも最近、武家の仲間入りをした猿飛様の許嫁ときてる。そんな浮名を流しているもんだから、姫らしく着飾って城下町に出なきゃならないんだよ。本当はお忍びでさっきのような服装をしてもいいけれど、名前と長が城下町に行くっていうのを幸村様が聞きつけてしまったからね。幸村様の意向で今回はちゃんとした服装で行くことになったのさ。今頃、長も才蔵に捕まって着替えさせられているところさ。」
へぇ…佐助さんも着替えさせられているのか。
何となく被害に遭うのが自分だけじゃないと気づいて、頬を緩ませてしまった。
だって、あんなに慌てふためいたり、ころころ表情を変える佐助さんは珍しかったもんだから。
私が思わず声を出して笑ってしまうと、つられて鎌之介さんも笑っていた。
どうやら鎌之介さんもあんな佐助さんの姿を見たことがなかったらしい。
屋敷の前まで出ると、もう既に幸村さんは立っていた。心なしか顔は赤い。
「久しぶりですね、幸村さん。こうして3人で出かけるの。」
「そうでござるな。名前殿、いや姉君と呼ばせてもらおう。名前殿は某の姉なのだから。…綺麗でござる。」
「ありがとう、幸村さん。なんか照れますね。」
赤い顔をして幸村さんが私を褒めるのを見て、私もつられて恥ずかしくなる。
2人して、付き合いたてのカップルのようなやり取りをしていたら、遠方でぎゃいぎゃい騒いでいる声が聴こえた。
…多分、佐助さんと才蔵さんだ。
「やっぱり俺様着替えてくる!こんな姿、町の皆に見せられねぇよ。」
「長、幸村様の命令だ。そのまま出かけて来い。」
「はぁ…いくら真田の旦那の命令だからって聞けるものと聞けないものがあるっての。」
屋敷に戻ろうとする佐助さんを引きずって才蔵さんが現れた。
心なしか才蔵さんがボロボロだ。
おそらく相当佐助さんが暴れたに違いない。
心底疲れているように見える。
才蔵さんは小袖に胴服を纏った佐助さんを放ると、幸村さんの下に膝をつく。
「幸村様、連れてきました。」
「うむ、ご苦労であったな。才蔵には特別恩賞を出そう。さぞかし大変だったと見えるからな。」
幸村さんの言葉に再度才蔵さんは頭を下げた後、姿を消した。
今まで才蔵さんのことを恨めしそうに見ていた佐助さんは項垂れる。
…やっぱり面白い。
「似合っておるぞ、佐助。名前殿と2人で歩くと、実に夫婦らしく見える。」
「旦那…頼むから、いつもの姿で町を回らせてくれよ。顔馴染の団子屋だってあるんだしさ。」
「佐助、お前が慣れぬといつまで経っても名前殿を奥州に連れていけないではないか。既に政宗殿から、名前殿を連れて奥州へ訪れろとの書状が届いておる。片倉殿のつくった野菜を使った料理を馳走したいと。」
「俺様、その時はいつものように天井裏にいるからさ……。」
「政宗殿はお前の武家の仲間入り祝いも兼ねていると記してあったぞ。祝われる立場の者が天井裏で控えていてどうする。」
「…絶対、からかう気でその書状出したよね、竜の旦那!?」
一通りの佐助さんと幸村さんの会話を私は傍で楽しんだ後、私は幸村さんと佐助さんの手を取った。
「さて、遅くならないうちに行きましょう。昔みたいに手を繋いで。それとも2人にとっては故郷のようなところですから、繋がなくても大丈夫でしたっけ。」
私がそう言うと、さっきまで言い合いをしていた2人が顔を見合わせて笑った。
「しょうがないねぇ。うちの可愛い名前姫に何かあっては大変だからね。ちゃんと俺様の手を握ってるんだよ、名前ちゃんが迷子にならないように。」
「向こうの世界とは違い、某達の世界は少々物騒というもの。弟である俺がしっかり姉君を守りまする。」
そう言うと彼らは私の手を握って、昔のような…あちらでのデパートで繋いだ時のような穏やかな表情で上田城を後にした。
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