みぎて

「あ…」と気づいた時には、きつく繋いで居た右手が離れて行った。
目の前を楽しげで踊る様に走る男に必死に手を伸ばすが届かず
長い廊下に笑い声が響き渡る。



「…夢か。」

目を覚ますと見慣れた自分の部屋で貴教は、どこか安堵を感じ息を吐く様に呟いた。
変に生々しく感じた夢で相手の男に覚えは無かったが何故か離れた手が恋しくなり繋がれていた自身の右手を見つめる。

…右手がじんじんする…。

『脳は全てを記憶している。
だけど、情報量や費やす時間等によって記憶はしていても全ては繋がらず全てを思い出す事は難しい
街中でふと視界に入った物、人、全てを明白に思い出したりはできないだろ?』

自称物知りぶってる同級生が言った言葉が頭に浮かぶ。
全てを思い出す事は難しい…きっと夢に出て来た男はどこかで視界に入った人物なのだろう。

しかしー相手が異性では無く同性で、かつ恋しく思えた事に対し『ホモみてぇ』と貴教は苦笑いをするのだった。



---「今日、転校生が来た」
何とも言えない気分のまま起床し、ダラダラと登校し、HR開始と共に担任が言った言葉に貴教は一瞬『夢の中の男』が脳裏をかすめる。

「長原、入って来ていいぞ」
ガラガラと引き戸が開き現れた人物は、

「うぉ、可愛くね?」
「やべぇ清楚系美人じゃん」
「細いし顔小さ〜」
ザワザワとクラスの男女が小声ながらも騒ぎたてる。
担任の隣に立ち少し緊張した様子の艶のある長い黒髪で黒目がちな清楚系美女が立っていた。

「長原喜美香だ。皆、宜しくやってくれよ」
貴教は黒板に担任の癖字で書かれた転校生の名前をボンヤリと眺める。
「貴教当たりだな!夢みてぇ!転校生が美女なんてさ〜結菜のハデ系美人も良いけど俺、喜美香ちゃん派だわ。」

隣で大はしゃぎの友人に呆れた。
…克也、この前までD組の千尋ちゃんが小動物系で可愛いとか言ってなかったか?
克也は面食いで浮気性だった。
と言っても普通男子達には、いくら同級生だろうとアイドルを愛でるのと変わらない距離感しか持てない。

『本気に付き合える』なんて最初から思ってもいない。
それでも、貴教にも長原喜美香は当たりだと思えた。
『夢の中の男』が脳裏にかすんだ事など一瞬で消し去る位に。


綺麗に澄んだ声で自己紹介をし、「長原の席は…」と担任が示す席に長原喜美香が動くと良い香りがした。
貴教の隣には普通男子友の克也がいるので通り過ぎ後ろの席に着く。

「俺、飯島正紀。宜しくね。」
甘く優しい声が後ろから聞こえる。
長原の隣になった羨ましい男子飯島正紀は、普通男子とは居場所の違う美形男子だった。

貴教も克也も後ろを振り向く事は無かったがきっと美男美女が揃い神々しく華やかな状態なんだろうと気配で察する。

休憩時間に入ると長原の回りには男女共に集まっていた。
質問責めに合い困った様子もあったが丁寧に返答していたのも聞き耳を立てていた貴教の中でポイントが上がっていく。

『こんな、見た目も良くて性格も良い女マジにいんのかよ?ぜってぇ何かあるって…』
本気に惚れてはいけない暗黙のルールかの様に防衛線を張り危険信号を貴教は自身に送った。


後ろの席の転校生美女とは何も接点を持たないまま1日が終わり、帰りのHRが始まる。
背後をやたら意識し、いつもより疲れた感じがして克也達に

帰りマックに誘われたが
帰りマッスと断り席を立つ。

「貴教付き合いわりぃ〜」等と言われたが
「また今度〜」とリュックを背負い教室の出口へ向かい扉に手を掛けた瞬間、勢いよく扉が開いた…開けられたに近い。

「うわ…ぁっと」
「あっ…スミマセン!」
危うく扉を勢いよき開けた張本人にぶつかりそうになり、よろけた所を貴教は支えられた。
まだ、教室に残っていた女子が騒がしくなる。
「誰?見たことないけど、可愛い〜」
「背も高いしマジカッコイイ…」

目の前の男子生徒は貴教より背が高く、支えられ近距離からでは相手ね顔が良く見えなかった。

「怪我とか無いですか?ノックとかした方が良かったのかなぁ〜っ本当にスミマセン!」
貴教を支えていた手が離れ目の前にいる男子生徒は頭を下げた。

「大丈夫だよ別に…」タイミングの問題な訳でお前が悪いんじゃねーしと内心思いつつ頭を上げた男子生徒の顔を漸く見る事ができた。

「清澄!」
背後で転校生美女が声を掛ける
「あ、姉ちゃん!一緒に帰ろ〜まだ俺、この辺りよく分かんないし」
男子生徒は明るく澄んだ声で長原喜美香の事を姉と呼んだ。

容姿は整っており、子供らしさも残るが男らしさもあり、静かめの喜美香とは逆に茶色に近い毛の色に活発な明るい子。といった印象が強い。


「長原さんの弟!?」
「タイプ違うけど姉弟揃って美形じゃん!」
「あ、俺、1年A組の長原清澄です!姉ちゃんの弟です!宜しくお願いします〜。」
「清澄くん、宜しく〜!」「え〜マジヤバいね可愛いし〜!」
子犬の様にキラキラした目で笑顔を絶やさない清澄に女子達わ色めき立つ。


喜美香が来た時の様にまた、教室が騒がしくなるのにそれを貴教は遠くに感じた。


身体が動かない。



夢の続きを見ている様な感覚だ。



…右手がじんじんする…。



[終]


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