. 手を叩かれ拒絶され、李緒は惚れているヤツがいると言った。…妖と言ったな。妖に惚れてるからわしの正体を知っても驚かなかったのか? そもそも孫が居るという妖。年上が好きなのか?それを言うならわしだってずっとずっと年上じゃ。 広間を出て行った李緒を居って外へ出る。明鏡止水で姿と気配を消して距離を詰めると、あの月夜の時のような憂い顔をしておった。何をそう思い悩んでいる。その惚れた相手を思っているのか。 悲しげだが愛おしむような微笑みが、自分に向けられたものではないという事実が重くのしかかる。今アンタの時間を、その妖怪が独り占めしている。 自分に向けられた事の無いその眼差しもその妖怪のもの。 欲しくて欲しくてたまらない李緒の表情が、時間が、想いが、心が、すべてその妖怪のものなのだと思うと胸が抉られるほどに痛む。 そんな時、李緒が紡いだ名前は――― 「卑怯な私を許してね、ぬらりひょん」 わしの名だった。 卑怯とは何のことかは分からないが、憂いの表情で寂しげに、だが優しく紡がれた己の名に期待してしまう。 どうして悲しげなのか。目の前の横顔は何故自嘲気味に目を伏せているのか。何故己の名をこんな風に紡ぐクセに夫婦になろうという自分の申し出を断ったのか。 全く分からない。 ならば、李緒が憂いている原因を解決してやれば、笑みが、目が、心が、真っ直ぐこちらに向けられるようになるのではないか。 自分に孫などいないし、不味い飴どころか飴すら持っていないが。 「…羽衣狐……」 「っ!?」 俯いた李緒が呟いた名。それは自分がここに来た目的である京に蔓延る大妖怪。魑魅魍魎の主の座を引きずり落とそうと目論んでいる相手の名前。何故、その名を知っているのだろうか。いくら惚れた相手が妖怪でも知りすぎではないか。 それとも惚れた相手が羽衣狐側の妖怪なのだろうか。だから李緒は卑怯な自分を許して欲しいと言ったのか。 …いや、それは無いだろう。根拠は無いが漠然とそう思った。 それは願望から来たものなのかも知れないが自分は李緒を疑いたくないし、疑う必要などないと思っている。 根拠は、二つ。 一つは先ほど紡がれた自身の名だ。声色で分かる。自分に申し訳なく思っている且つ暖かいものだったのだから。そして二つ目は、今尚李緒の腕で光り輝く石―――昨日李緒のために取って贈った腕輪だ。今李緒はもう片方の手で石を撫でている。 「もう始まった。今日がぬらりひょんが魑魅魍魎の主となる第一歩の夜」 どういう事だろう。いや、分かる。今宵から何かが始まり、わしが羽衣狐を倒して魑魅魍魎の主となるという事だろう。しかし、何故、李緒はそう言い切れるのだろうか。未来が分かる…いや、それは貞姫という姫君の神通力がそうであって李緒は違う。李緒の神通力は治癒能力であって予知の類ではない。 「わからんのう…」 李緒が何を思っているのか、何を考えているのか、何を知っているのか、分からない。 そう考えている内に李緒が歩き出す。見失わぬよう着いて行けば、左の細い路地から出てきた二人の妖怪に李緒は担がれた。 「っ李緒!」 「妖、何で…」 わしが畏れを解くと驚いた風な瞳がこちらを見た。 「あいつは…?」 「知らんなあ…うんうん、そうかそうか。この姫を救おうとしておるのか」 「ほう、人間を…」 「渡さねえ、ソイツはわしの女じゃ。返してもらう、と」 「わしの心を…!?」 攻撃は全てかわされる。心が読まれちゃあ分が悪い。二対一なら尚更だ。普段なら遅れを取る事は無いが李緒が人質に取られたようなもの。 「行くぞ。姫は手に入れた」 「待て!」 わしは空高く飛んでゆく牛車を見ているしか出来なかった。いつやられたのか分からんが足に針が刺さって段々力が入らんようになって来ている。 「総大将?」 不審に思ったのか、牛鬼がやってきた。しかしわしは振り返られず膝を着く。 「一体何が…」 「くっ…わしは…」 そこまででわしの意識は途切れた。次に目覚めたわしが見たのは天井とわしを取り囲む百鬼夜行の連中だった。 オリジナルにしすぎた…orz 2013.02.27 19:43 |