02 告げられた言葉
それはある日の夕食のことだった。
いつも通りワイワイと――時には殺気も交えながら――食卓を囲んでいた彼らの前で、勢いよく障子が開かれた。
「――ただいま」
そこにいた全員の視線を浴びながら居間に入ってきたのは、淡く茶色に染めた長い髪を横でくくり、右手には大きな袋を、もう片方の手には長い布で覆われた何かを持つ少年だった。
「……誰?」
自分を見てくる複数の視線に、少年は訝しむように声を上げた。
それに答えたのはこの場でおそらく唯一少年の正体を把握している后だ。
「おかえりっ、空也!! 久しぶりだな」
少年の存在を違和感なく受け入れ、后は空也と少年を呼んだ。
「ん? あぁ后、久しぶり。これ土産だから、ここに置いとく。色々聞きたいことはあるけど……まぁ、先にちょっと着替えてくるわ」
少年の瞳が后へと移り、表情が和らいだ。彼は手に持っていた袋を壁近くに置くと、后以外の存在を軽く一瞥してから部屋を出て行った。
「おっ、これ食べてみたかったやつだ。さすが、空也」
「……兄さん、今の誰」
空也が残していった袋に手を伸ばした后のもう片側の腕を掴み、言が尋ねた。
「えっ、あ……双子の兄?」
厳しい表情の言や他の面子とは反対に、后の表情は明るいものだ。むしろ、彼らがなぜそんなピリピリとしているのかが分からないといったふうに首をかしげる。
「兄さん、僕、兄さんに兄がいるなんて知らないよ?」
后の心の疑問に答えたのはやはり言だった。
言の言葉に周囲の人間も同意を示すように首を振る。
ただ最初と違って、甘雨と瑞宮だけがどこか納得したように空也が出て行った扉を見ていた。
「は? えっ? 何で知らないんだ? 空也は……都合上家を空けることは多いけど、昔から居たぞ? 言はともかくなんで晴明まで?? 甘雨と瑞宮は知ってるよな?」
大量のハテナが后の頭の上を飛んでいた。
「まぁ、昔一緒に遊んだだけだけどなっ」
「空也か……久しぶりに見たよ」
ははっと甘雨が爽やかに、感慨深げに瑞宮が言う。
「待ちなさい、甘雨。私はその報告を聞いていませんが」
「瑞宮、僕になぜその報告をしなかった?」
そんな二人に反応したのは彼らの主だ。晴明も言も、今日はじめて知った空也という存在を配下がすでに知っていることに驚いていた。
「えっ、俺、報告してますよ?」
「言様、甘雨と同じなのは嫌ですが、私も報告はしたはずです」
しかし、逆にキョトンとしたのは甘雨と瑞宮だ。主に命じられている以上、彼らが報告を怠るはずがない。
「后!! くーちゃんが帰ってきたって、ホンマ??」
と、急に玄関の方で騒がしい足音がして、居間の扉がまた勢いよく開かれ、比紗が入ってきた。
目をらんらんと輝かせていた比紗は、后が手に持っている袋を目にしてさらに嬉しそうに声を上げた。
「キャー!! くーちゃんも帰ってくるなら事前に教えてくれればええのに、いけずやわぁ。今日の夕飯は豪華にしないと……って、そういえば、みんな空也のことは知らへんのやったなぁ」
まるでどこかのアイドルが家に来たみたいにテンションが高くうきうきとしていた比紗だったが、后以外の表情を見て少し寂しそうに言った。
「比紗様、あの少年は」
「お母さん、あの人って」
言葉が重なった晴明と言が互いに睨みながら比紗に尋ねた。
「あの子の名前は天神空也。正真正銘、后の双子の兄や。二卵性やから全然似てへんけどね」
「だが、空也は、光も闇もどちらの力も持たずに生まれてきた。だから、お前たちには何も言わなかった。それに、甘雨と瑞宮からの報告も悪いが干渉させてもらった」
比紗の言葉を引き継いだのは、次いで現れた御門だった。
「親父もいたのか……って、えっ、空也は何の力も持ってねーの?」
「あぁそうだ。だから空也はこちらの世界のことは何も知らない。教えていないのだからな」
「そっか……なら、空也を巻き込まずにすむんだな」
御門のその言葉に、后はどこか安心した表情を見せる。その横にいる言がムッとするのはいつものことだ。
「――って、つまり親父のことも知らないってことだよな?」
そういえば、と尋ねる后の疑問に答えたのは本人の行動だった。
「ソコの人、悪いんだけど通して」
着替えを済ませてきた空也がいつの間にか御門の背後に立っていた。御門に対する言葉と態度は后が知る、空也の知らない人間への対応そのものだ。
「……あぁすまない」
空也の言葉に、御門は道を開けた。
御門の横をすっと通り、再び居間に入った空也を迎えたのは比紗からの熱い抱擁だった。
「くーちゃんっ!! 久しぶりやわぁ!!」
「母さん、ただいま」
「今回はどのくらい、こっちにいられんの?」
「一通りは終わらしてきたから、当分は家にいるよ」
「ホンマ!? 嬉しいわぁ。今日は久しぶりに帰ってきたくーちゃんのために、お母さん腕を振るうからね!!」
「ははっ、うん。楽しみにしてる」
比紗の若い行動に声を上げて笑った空也は、それから当然のように后の横に座る。
もちろん、その行動に過剰に反応したのは晴明と言だ。初対面にもかかわらず彼らは空也を睨むが、空也は気づいていないのか后と喋り続けている。
「今回のはいつ発売なんだ?」
「半年後って監督は言っていたけど、どうかな」
「新曲披露したんだろ? 見たかったなぁ、俺も行けばよかった」
「后は学校だろ。新曲はどうせ今日の番組で放送されるよ」
「まじっ!? じゃあ早速録画を」
「その前に后、いつもの出して」
テレビ録画をしようとリモコンに手を伸ばした后を止め、空也は手を差し出した。
「あ、うん。えっと……はい」
空也の言葉に、后は手馴れた様子でポケットから出した小さなクロスのアクセサリーを取り出した。
「よし、じゃあこれと交換っと」
それを受け取った空也は自身のポケットにしまうと、もう片方のポケットから違うクロスを取り出して后へと渡した。
「あれ? なんかいつものと違う?」
手渡されたクロスを見た后は、感じた違和感に首をかしげた。
「うん、ちょっといつもとは変えてみました。なんか大変そうだからね」
にこりと笑って空也は言った。
「それって……もしかして、いつもの?」
「……うん」
おそるおそる尋ねた后に、躊躇いがちに空也は返す。
「ねぇ、后。――『気をつけて』」
「――――っ」
急なその真剣な声色に后は息を呑んだ。
今まで、后が困りそうなことがあれば、兄はいつでも先回りして教えてくれたり、こっそりとサポートをしてくれたりした。
それらはとても些細なことだったり、時には結構大事な場面でのこともあったけれど、空也のその行動に必ずと言っていいほど救われたのは確かだ。
だからこそ、今回の空也の言葉には注意を払わなければならなかった。
今まで以上に、重要に。
けれど、
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