エイプリルフール

「――は?」

 四月一日の朝、寝返りを打った后が温もりを感じて目を開け飛び込んできたのは、同じベッドで眠る今より幾分か若い兄の姿だった。



「ちょっ、おふくろ!? 起きてる!?」

 ベッドの中で眼を瞬かせていた后は次の瞬間眠気も吹き飛び、片腕に兄を抱えたまま階段を駆け下りた。
 そして空いてる方の手で台所への扉を勢いよく開けると、中を覗き込んだ。

「なんやの、后? 朝からせわしない……な」

 后の声にゆっくりと振り返った比紗は、息子が腕に抱えられているものを見て言葉を詰まらせた。

「――后、相手はどこのお嬢さんや? あぁ、挨拶しに行かな……」

「ちがうからっ! 変な誤解はすんなって! これ、空也だからっ!!」

 着ていたエプロンをほどき外出の準備をし始めた比紗に、慌てて后は弁護する。
 比紗に顔が見えるように空也の体を抱えなおしていると、「……んっ」と小さい声がして腕の中の小さな兄が身じろぎをして目を覚ました。 

「あっ、目覚めたか、空也?」

「くーちゃん?」

 小さな手で眠たそうに目元をこすっていた空也(小)がゆっくりと后の方を見た。

「――お兄ちゃん、誰?」


「――――――!!!!!」


 直後、后の声にならない悲鳴が家に響き渡った……とか、ないとか。





「兄さん、この子本当に空也兄さんなの?」

「后様、ちゃんと元あった場所に捨て……返してきなさい」

 胡坐を組んだ后の足の間に座った空也(小)は、小さな手でもきゅもきゅと朝ご飯のおにぎりを食べていた。
 その様子を目にした言と晴明は、空也(小)の正体を后から聞くと正反対の態度を示した。
 きらきらと目を輝かせながら空也(小)に手を伸ばす言と、親の仇でも見るかのように睨む晴明。
 后はそんな二人の反応に苦笑しながら返す。

「さっき昔のアルバムと見比べたけど、本物の空也で間違いないよ、言。……晴明、俺は何も拾ってきてないから……ってか、子供をそんな怖い目で見るな。怯えるだろ」

「后兄さん、僕も抱っこしたいな」

「これがあの憎たらしい子供に……やっぱり今のうちに処分を……」

 未だにぶつぶつと呟く晴明を放置し、后は言へと空也(小)を手渡した。
 急に座る場所の変わった空也(小)は一瞬目をぱちくりさせたものの、すぐにまた食事を続け始めた。

「空也兄さんって、子供の時からこんな感じなの?」

 しばらくの間空也(小)が食べているのを黙って見ていた言が后に尋ねた。

「んーそうだな、こんな感じだったかな。俺や甘雨、瑞宮よりは大人びていたイメージがあった気がする」

 后と言が見つめる中、食事の終わった空也(小)はご馳走様と手を合わせると、言椅子から立ち上がった。

「空也、どこ行くんだ?」

 后がそう尋ねるとあっち、と空也(小)は指で庭を差した。

「庭? 庭に何かあるの? ――ってあれ? 空也兄さん!?」

 兄弟たちが空也(小)の指の先に意識を向け再び空也(小)へと視線を戻したが、いつの間にか幼い子供の姿は無くなっていた。

「え? 空也(小)!? どこ行った!?」

 后と言、(そして引きずられるようにして晴明も)が慌てて外へと出ていき、しばらくして。

「何してるんですか、空也」

 誰もいなくなった居間に、小さな子供の首根っこを掴んだ霧砂が入ってきた。
 空也(小)は床に下されると、きょとんとした顔で霧砂を見る、が。

「――貴樹に写メ送りますよ」

「すみませんでした」

 恐怖の脅し文句を使われた空也(小)は、すぐさまいつもの話し方に戻った。

「で、結局その姿は何ですか」

「今日、エイプリルフールだから」

「は?」


「霧砂、これはね、夢だよ。夢ならさ、――――――から」


 空也(小)の言葉の意味が分からず眉をひそめていた霧砂だが、珍しく楽しそうに続けられたその言葉にあぁ、と頷く。

「私にならいつでも――っ」

 空也(小)は人差し指を霧砂の唇に当てると、茶目っ気たっぷりに笑った。

「……はぁ、分かりましたよ。では今日は存分にあなたにお付き合いしましょうか」

 溜息をついた霧砂は苦笑し空也に手を差し出した。








 「エイプリルフールの夢ぐらいは、いつも嘘をついている“自分”に『嘘をついてみた』かったから」




 四月一日。
 それは大人びた少年が少しだけ子供に戻る日。


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