初-傘
 
先ほど辛うじて発した言葉と共に、私は瞬発的に土下座をしていたようだ。気がつくと私は目の前の三人に向かってひれ伏し、廊下のフローリングに額をすりつけていた。額が冷んやりとして、熱が失われて行くのを感じる。私のひとかどのプライドなどというものは、死の恐怖の前に全て吹っ飛んでしまったようだ。

「帰ってきたとは…ここはお前の家なのか?」

扇を突きつけてきたもさもさの人の後ろから、白い陣羽織の男の人が私に尋ねてきた。
情けない行動の数々で羞恥心に燃え上がり、また状況の不可解さに加えて恐怖のために目が回る中、私は言葉を繰り出そうと必死だった。

「は、はい…。ここは、その、私の家で…。あの、あ、あなたたちは、一体なんなんです?」

私の言葉に、もさもさを乗せた人間が眉間にしわを寄せ、あからさまな敵意を向けてくる。

「俺たちが何だと!このようなわけの分からない所に連れてこられて、一体何が何だか分からないのはこちらの方だ!女、ここが貴様の家ならばなにか知っているだろう!」
「そ、そんな…し、知らない…」

頑張って持ち直そうと試みたものの、鋭い罵声を浴びせられて私はまたへなへなと身体から力が抜けるのを感じた。

「三成殿、そのように脅かさなくとも…。見た所、我々に危害を加えるような心算があるようではありませぬし…」

先ほどの白い陣羽織の人に続いて毛の人を制したのは赤い鎧を着込んだ爽やかな印象の男の人だった。

「甘いのだよ、幸村。では、女、お前が持っている物は何だ」

毛は顎で私が護身用にと思って手にしていた傘を指した。

「あ、こ、これは、傘です…」

言葉を絞り出す。先ほどよりは不思議と話しやすい。慣れてきたのだろうか。

「傘だと?その面妖な色のものがか…?新手の武器ではないのか」

毛の人は私のコバルトブルーの花柄模様の傘に向かって恐ろしい視線を投げつける。

「ぶ、武器ぃ?そ、そんな物騒なものあるわけがないです」

傘を警戒する様子に思わず呆れてしまい、意外にもしっかりと毛の人の問いに答えることができた。一度ペースを持ち直すと途端に勇気が湧いてきて意識がハッキリとしてくる。

「こ、これは、傘です!」

私は未だ彼らを見上げつつ再度はっきりと答えた。

「なおも傘と言い張るか。だが、俺の知る傘とは違うな。女、嘘をつくな」
「う、嘘じゃないですってば…!」

私は嘘をついていない事を証明するために傘を開こうと動くと、その瞬間鋭い衝撃が傘にかけた手に走り思わず息をのんだ。
一瞬、何がおこったのかわからなかったが、毛の人の扇がもはや私の眼前にないことから私はあの扇で手の甲を殴られたということを認知した。
扇ごときに殴られただけなのに、手がじんじんと痛みもはや傘を持つこともできず、ただ痛くて痛くて涙をこらえるので精一杯だった。痛む手をさすり、ぜえぜえと浅く呼吸繰りかえし座りこむ。

毛以外の男たちは一見優しそうに思えたのだが、やはり私を不審に思っているためか、誰も手を差し伸べてはくれなかった。ただ、毛の人の突然の攻撃に多少は驚いた様子ではあった。

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