初-気配
(あー、つかれたー)
一日がかりのデスクワークで凝り固まった身体にため息をつきながら誰もいない家に上がった。
誰もいない寂しい家に帰る…はずだった。
誰もいないはずなのに、玄関のすぐわきにあるリビングから微かに人の声が聞こえる。
(何?泥棒…!?)
反射的に体が強張る。
(どうしようどうしようどうしよう…。こういう場合って警察呼んだ方がいいのかな…。あ、でも、勘違いだったら恥ずかしいし…。あ、もしかしたら今朝テレビつけっぱなしだったのかなあ…)
様々な考えがわずか数秒の間に脳内をぐるぐる廻る。
立ちすくんでいても仕様がない、と私は意を決してとりあえず玄関の傘たてにさしてあった傘を片手にもった。そこで妙なことに気が付いた。囁くような声が部屋から聞こえるというのに、リビングのドアの曇りガラスから明かりが漏れる様子もない。もう夜の8時、1月のこの寒い時期に電気も着けずに居る人が居るものだろうか。私はもしかしたらやはり朝テレビを消し忘れたのかも知れないと考え、廊下の壁についてあるリビングの電気の配線に繋がったスイッチを押した。曇りガラスがぼわっと明るくなるのを確認したと同時に、囁き声は大きくなり何やら雰囲気がざわついたものとなった。
それまでは低い囁くような声が微かにドアの向こうから聞こえていただけなのに、急に大きな音になりはっきりと何を言っているか聞き取れるまでに大きくなった。
「何だ!?雷か!?」
男の人の声が聞こえる。
「いや、違う。だが何だこの明かりは…」
「…誰か来たのかも知れないな」
しかも複数人いるようだ。
「確かめるか。あの扉の向こうのようだ」
「しかし、危ないのではないでしょうか…」
「確かめようが確かめまいが我々の陥っている状況があまり芳しくないことに変わりはないだろう」
どうやらこちらに来るみたいだ。私は恐怖で固まってしまった。自分の家だと言うのにひどく恐ろしい。脂汗がだらだらと流れるのを感じる。
(どうしようどうしようどうしよう…)
頭がぐらぐらするのを感じながら、結局棒立ちのまま、不穏な気配が近づくのをただ待っていた。
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