初-仕上げ
 
三成殿が和室に下がろうとしたときにふと、至極大切なことを思い出した。

「歯を、歯を磨いていません!!歯を磨きましょう」

私がいきなり大きな声を出したので三人は面食らった顔をした。

「歯を磨く??布か何かでか?」
「違います、歯の汚れを小さな櫛で落とすんです。虫歯にならないように。皆さんは歯の掃除しないんですか?」

私が肩すかしを食らったような反応に驚いていると兼続殿が「楊枝を使う事はあるが…。歯を磨く…、ということはないな」と呟いた。

戦国デンタル事情に驚き慄いた私は「いけません!不潔です!歯を磨きましょう!」と三人を再び洗面所へと向かわせた。

その間兼続殿は「楊枝だけというわけではないぞ、竹の先を叩いて平らにしたものでこすったりもするぞ!」とよほど不潔呼ばわりされたのが嫌であったようでものすごく反論された。

洗面所で新しい歯ブラシを三つあけて三人に手渡す。

「はい、どうぞ」と渡すと皆素直に受け取ったが、いぶかしげに手に持った歯ブラシを見つめていた。

三成殿は、歯ブラシの毛束を見て「これは何の毛だ?」と訪ねてきた。

化学繊維の説明方法が全くわからず困ってしまったが、「動物の毛じゃないです」とだけ言ってお茶を濁した。

「まず私がお手本を見せますから」と言って自分の歯ブラシを軽く蛇口から流した水の下に潜らせると、軽くどよめきが起きた。そういえば、さきほどお風呂に入ってもらった時もお湯につかってもらっただけでシャワーの説明もしていなかったから、蛇口から水が出るということは理解していてもどのようにしたら出るかということはわかっていないのだろう。

「あ、ここをですね、くいってあげるとお水が流れるんです」

蛇口の説明をすると、目をぎらぎらさせながら食らいつくようにシンクを見やる三人は少し怖いほどであった。

「赤い方に動かすと、お湯がでます。青い方は冷たい水です」
「沸かす必要がないのか…」

兼続殿が低く囁く。三人ともうーんと唸って不可思議な情景を自分たちなりに消化しようとしている様であった。

とにかく先に進もうと思い、強引に歯磨きの説明を続ける。歯磨き粉のチューブを手に取り、あまりたくさん使うと刺激が大きすぎるかも知れない、とほんの豆粒ほどをブラシの先にのせてみせた。

「この薬を、こうやって毛先にのせて、それで歯を磨きます。あまり強くやると歯茎を傷めますから、やさしくですよ」

皆、わかったと素直にうなずいて私に倣って、歯磨きを始めた。しばらく4人がしゃこしゃこと歯を磨く音だけが響いた。もういいかなと思って、私だけ先に口をすすいだ。

「待ってください。みなさんはまだです」

フェイスタオルで口をふきながら私に続こうとする三人を制す。

「ちゃんと歯の裏も磨いてくださいね」
「わあった」

そういうと皆器用に歯ブラシを垂直にたて、歯の裏まで素直に磨いてくれた。

「それじゃあ、口をすすいでください」

そうして皆順番に無事はじめての歯磨きを終えた。

「うむ、口の中がさっぱりするな」

兼続殿が晴れやかな顔で感想を伝えてくれた。

「さあ、みなさん休みましょうか」

三成殿は先ほど布団を敷いた和室に帰っていったので、幸村殿と兼続殿を寝室に案内することにした。寝室のある二階へあがる間にどちらがダブルベッドを希望するか尋ねた。

「どちらでもよいのですが…」
「うむ、私もかまわないぞ」

二人とも本当に希望がないようで困ってしまった。

「じゃあ…、うーん、特に理由のない思いつきですが、兼続殿は両親の部屋で、幸村殿は弟の部屋で寝てください」
「わかりました」「わかった」

二人とも素直にうなずいた。

「あ、そういえば…」階段を上りきるころ、私はまた一つ大切なことを思い出した。

「皆さんの甲冑とかってどこにありますか」
「ああ、とりあえず最初に着替えた部屋に置いてある」

兼続どのがさらりと答えてくれた。ということは弟の部屋は今かなり物騒な状態になっているようである。

「ああ、そうですか。わかりました。明日どうやって運ぶか改めて考えましょう」
「そのまま持っていけないのですか?」

幸村殿が首をかしげる。

「甲冑がめずらしいというのもありますが、今は武器をおおっぴらに持つことは禁止されているんです。ですから槍なんてむき出しで持っていたら捕まっちゃいますよ」
「そうなのか…」

二人ともまた自分たちの常識とかけ離れた、平成の常識に戸惑いを覚えたようであり、少したじろいでいた。

「私はお風呂にはいってから寝ますから。とりあえず今日はこれで。おやすみなさい」

二人を隣り合わせに並んだ寝室のドアの前に連れて行くと、そう挨拶して再び階下に戻ることにした。

「うむ、かたじけない」
「それでは、お借りいたします」

二人は丁寧にお礼を言ってからそれぞれ部屋に入っていった。
私はぬるいお風呂につかった後、軽く寝支度をしてから自室のベッドに入った。

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