初-二階へ
 
「そういえば…、萩殿はここに一人で住んでいらっしゃるのですか」

幸村殿は改めて部屋をきょろきょろと見回しながら尋ねてきた。

「まあ、昨日までは家族と一緒に住んでいたんですけど、皆外国に行ってしまって。実は今日から一人なんです」
「外国!?何ゆえに」

兼続殿が大きな声を上げる。

「父の仕事で、皆ついていったんです」
「そなたの父君は貿易商か何かなのか」

ただのサラリーマンの転勤である。けれども、サラリーマンなどどう説明したら良いのだろうか。奉公人、に近いのかも知れないがそれもしっくりと来なかった。

「違いますが…、まあ、外国に行くのは今の時代ではそんなにめずらしいことではないんですよ。だから、そんな大げさな話ではないです」

私が笑って答えると、兼続殿は納得した素振りを見せつつも続いて質問を投げかけてきた。

「む…そうか。それならば、何故萩だけここに残っているのだ」
「それは、私は私で自分の仕事がありますから。あとはまあ、そうですね、両親がいない間のお留守番って感じですかね」
「なるほど、そうか。しかし女性(にょしょう)一人では心細かろう」
「まあ、まだ一日しかたっていないので…」
「そうか!だが今宵は大丈夫だぞ!我らが居るのだからな!」

兼続殿はまたがしっと握り拳を顔前に振り上げて、笑った。

さっきまでは状況が把握できずあたふたとしていたというのにもうすっかり自分を頼ってくれといわんばかりの口ぶりにびっくりしつつも思わずふっと気持ちが軽くなった。この適応力の高さが時代を作り上げた偉人の胆力ってやつなのだろうか。
けれども、そんなことよりもっと現実に即した重大事項があることを思い出した。

「あの、明日の事なんですけど…」
「何だ、いいたいことはさっさと言え」

三成殿はつっけんどんな態度を貫き通している。

「皆さんの今の格好じゃあ、ちょっと、出歩けません…」
「なるほど。ここが戦無き泰平の世ならば甲冑姿では目だってしまいますね」

幸村殿がわかったというように頷く。

「まあ、それもそうなんですけど…」

和服を着ている人は今ではめずらしい。たとえ甲冑を脱いだとしても喋り方も身なりも珍しいこの人たちでは否応なしにめだってしまうだろう。

「あの、私が着ているのは女物ですが…。私の身なり、皆さんと違いますよね?今の世では、こんな服を着るんです」
「そうか…、だが我々はそのような衣はもっていないが…」
「ちょうど、父や弟が置いて行ったのがありますから、それをお貸しいたします。重いかもしれませんが、甲冑とか元着てたものは、手で持ってってください。それはそれでないと困るでしょうから」

甲冑や槍などの入る鞄なんかあっただろうかと頭の片隅で思いながらとりあえずそのように三人に伝えた。

「何から何までかたじけなく存じます」

幸村殿は再び丁寧にお辞儀をした。

「して、その服とはどのようなものなのだ!」

兼続殿が目を輝かせている、この人はどうやら状況を少しずつ楽しんできているようだ。

「そうですね…、じゃあ今お持ちいたします。あ、でも…」

私の手はあいかわらずじんじんと三成殿にぶたれた場所が痛んでいる。

「まだ手が痛むので…、持ってくるの手伝っていただけませんか」

それを聞いた三成殿は微かにたじろいだようだった。それを見て私はちょっとだけざまあみろ、と思った。

「お、おお、そうであったな。では、案内を願えるか」

兼続殿が三人を代表して答える。

案内と言っても小さな一軒家であるから、玄関横の階段を上って両親や弟の寝室にお邪魔するだけである。
両親の寝室に向かう私の後を、武将たちがぞろぞろと付いてきた。その間、武将たちは面白いくらいにきょろきょろと辺りを見回していた。

「立派なお屋敷ですね」

幸村殿が感嘆するように言った。

「狭いがな」

三成殿が余計な一言を挟む。

「普通の一軒家ですよ。全然立派じゃありません」

そういうと兼続殿が驚いて尋ねてきた。

「これが、当たり前の生活なのか?さきほどの蛇口というのも、誰もが持っているものなのか」
「そうですよ。蛇口なんてどこにでもあります」
「なんと…」

兼続殿は、本当に驚いているという風だった。

「あ、ここです」

私は両親の寝室の扉を開け放つとクローゼットに向かい適当に父の服を拝借した。荷物は武将たちが持ってくれたので大分助かった。続いて、弟の部屋から追加で服を見繕い、そこで軽く衣服の説明を行うことにした。その間、武将たちはひたすらに物珍しそうにあたりを見回していた。

「いやしかし、見るもの全てが目新しいな」

兼続殿がふーと大きく息を吐く。

「400年という歳月は、こうも世の中を変えてしまうのですね…」

幸村殿も少し疲れたように呟く。

「ふむ、だが、我々は我々の世の泰平を目指さねばならぬ。きっとそれが、この400年後の世の礎となると、俺は信じる」

三人の熱いやりとりを見て私は、三成殿は態度は悪いけど情熱家なのだなと呑気に思った。

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