初-祈り
「さて、名乗りあったのだ。もういいか」
三成殿はそんなほっこりした空気の中で、馴れ合うのは勘弁とばかりに言い放つ。
「そうですね、どうやって元居た場所に戻れるか…ですね」
幸村殿がその言葉を受けとめる。
「このお守りが、我々の祈願していた神社のものならば、これを頼りにすれば戻れるのではないか」
兼続殿は、先ほどからずっと手に持ち続けていた口の開いたお守りを軽く掲げた。
「どうだ一つ皆で一緒にこのお守りを天に掲げ、祈りをささげてみようではないか!」
「そうですね、兼続殿!」
「まあ、何もせぬよりましだろう」
そういうと、三人は円陣を組むように互いに向き合い片手を出して揃ってお守りに手をかけると、その手を高く掲げた。真顔なのが滑稽であるが、本人たちはいたって真剣なようであった。
「兼続殿!」
幸村殿が高らかに言った。
「こう、皆でお守りを掲げあったのはよいのですが、さてそれからどうすれば!」
「わからぬ!わらからぬからとりあえず皆で祈ろう!さあ精神統一だ!むむむ…」
兼続殿と幸村殿が何やら顔をしかめて唸りだした。その様子に三成殿は多少なりとも呆れ顔だったが、藁にもすがる思いだったのか一応黙って従っていた。兼続殿と幸村殿はよほど念を込めているのか眉間に深いしわをよせ見ていて苦しいほどに顔の筋肉を強張らせている。
「ぬん…、むむ…」
「はあっ、駄目です!兼続殿!」
顔の力を抜きつつ、苦しげに言い放つ幸村殿に、三成殿がつっけんどんに言う。
「当たり前だ」
「我々の祈りが足りぬというのか…」
兼続殿がお守りを手にした手をだらりと下げ、悲しげに首をふるう。白い陣羽織も相まって、本職の祈祷師のように見える。
「こんなことは不毛だ。他の策を考えよう」
「う…む…」
三成殿の提案に兼続殿が残念そうに頷く。
「萩。ここが本当に俺たちの世の400年先の世界であったとして、貴様が××神社の御守りを持っているということは、まだ××神社が残っているということだな」
「そうですけど…」
「ならば、ここにくすぶって居るより直接××神社に向かったほうがよいのではないか」
三成殿の提案に兼続殿と幸村殿が目を輝かせる。
「なるほど!それもそうだな!」
「では、早速参りましょう。萩殿、道案内を願えないでしょうか」
きらきらとした視線にNOと答えるのは正直心苦しかった。
「すみません、もう今日は遅いですから、明日にしましょう」
「明日だと?俺たちは一刻を争っているのだ。悠長に夜が明けるのを待つことはできん!」
三成殿は今晩何度目かの怒声を響かせた。
「待て三成。仮にわれらが無事に帰れたとして、萩は一人で夜道を帰らねばならぬのだぞ。お前は女子(おなご)に一人で危険な夜道を歩かせるような薄情なことをするつもりか」
不義だぞ!と続いた。
「何とか、我々だけでも行けないでしょうか」
幸村殿が困った顔をして尋ねて来た。
「うーん、きっと道とかも昔と全く違うと思いますし…、それにここからだと電車で行かなくちゃつけないし…。とても、あなた方だけでは無理だと思います」
「電車とは何でしょうか」
幸村殿の質問に言葉が詰まる。当たり前だと思って来たものを改めて一から説明するのは本当に難しい。どうやって耳で音を聞くのかと、聞かれるようなものだろうか。
「う、うーん…、大きい車…、ですかねぇ…」
「とにかく…、我々では勝手がわからない、ということですね」
「そういうことになりますね」
本当は、今は平和な世の中なので多少夜道を一人であるいても問題はないのだが、こんな甲冑姿の人々を外に出すわけにはどうしてもいかなかった。
「明日は私もお仕事がお休みですから、連れて行きますよ」
「本当か!それはかたじけない!」
兼続殿は感謝の言葉を口にしながら思い切り両手で私の手を握りしめてきた。いきなりの事だったので驚き思わず後ずさってしまったが兼続殿はそれを意にも介さず、というか気づく様子すらなく感激した様子で続けた。
「萩もまた義を愛する者なのだな!」
「ぎ…?」
私が戸惑っていると三成殿が口を開いた。
「仕方あるまい。今宵一晩世話になる」
三成殿の言葉のあとに幸村殿が深々と頭を下げた。私は、武将たちの挨拶に却ってたじろいでしまった。
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