初-進展
「そんな馬鹿な…」
毛が呆然と囁く。私もそう思う。
タイムスリップなど、現実にあるはずもない。ところがこの気まずい雰囲気を打ち破る高らかな声が部屋に響いた。
「いや、私は信じるぞ!」
白い陣羽織の人が晴れやかに言った。
「何故だ兼続。何故そのような馬鹿げたことが信じられる!」
毛の人が大きく目を見開いて、白い人に食ってかかるように問いただす。
「そうすれば、すべて合点がいくからだ」
白い人は何てことは無いという風にさらりと返した。
「私も兼続殿に同意いたします」
赤い人がまた当然のように続いた。
「なっ、幸村っ」
もはや動揺しているのは毛の人だけのようで、私は残りの二人の堂々とした様に他人事のように感心していた。
「そうだな…」と毛の人はやがて観念したように呟きすぐさま「我々がどこに居ようともはや関係ない。問題はどうやって戻るかだ」と凄まじい変わり身の早さで他の二人と意見を同じにした。
「そうだな。我々にはやるべきことが山ほどあるのだから」と白い人も意気揚々と答える。
私などは、まだこの状況を受け入れる心の準備が出来ていないのに、彼らはもうどう問題解決すべきかということに話題を移している。
「女…、もしやとは思うが…、我々がどうすれば元居た場所に帰れるか分かるか」
毛に尋ねられ慌ててかぶりを振る。
「そ、そんなのわかりません」
「まあ、そうであろうな」
毛はそういうと、考え込むように手を口元にあてて軽くうつむいた。
ところで、こんな混乱した状況でいちいち癪に触っていた自分もおかしいのだが、先ほどから不躾に「女」と毛の人に呼ばれるのが嫌で嫌で堪らなかった。私は毛の人が黙ったのを好機と見、三人に声をかけた。
「あの…一つ…」
「ん?」
三人の注目が私に集まる。
「私は『女』なんて名前じゃないです。萩です。私は牡丹餅萩と言います」
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