初-戦なき
「戦がない…」
赤い人が呆然としたようにささやいた。
続いて白い人が低く呟いた。
「我らは今、どこに居るのだ」
「あの…、あなたたちは何のための戦いをしているんですか」
そう、おもむろに尋ねると、噛み付くような答えが返ってきた。
「秀吉様の世のためだ」
毛がどこか誇らしげにしっかりとした声音で答える。
「ヒデヨシ…って…、豊臣秀吉…?」
「貴様、秀吉様のことを呼び捨てにするとはどういう了見だ!」
また毛に一喝される。豊臣秀吉なんて、冗談でも言っているのかと思ったがあまりの剣幕にそうではないということをすぐさま悟った。
「でも、でも…。豊臣秀吉…さま…は…」
呼び捨てにして怒られたので、一応「さま」とつけてみた。
「秀吉さまは、400年も前の人だよ…」
何度目かの沈黙が訪れた。沈黙を破ったのはさっきから色々破っている毛だった。
「貴様…、俺を愚弄しているのか…、秀吉様が400年前の人物だと…」
目が怒りに燃えたぎっている。その凄まじい迫力に私は弁明をする勇気もなくただ恐怖で縮みあがっていた。
「三成殿…、落ち着いてください。私にはこの方が嘘をついているようには思えません」
優しい声音で毛の人を諭し始めたのは赤い人だった。
「だが…、幸村っ!」
毛が悔しそうに叫ぶ。
「私も幸村に同感だ。この部屋の様子も、この者のみなりも、全てがあまりに我々の住む場所とは違いすぎる」
「ここは、日の本から離れた場所かもしれぬ…」
毛は白い人によわよわしく吐き捨てるもどこか観念している様子で、おそらく最後の悪あがきをしているのだろう。
「だが、この娘は先ほどここは日本だと言った」
白い人は淡々という。そうここは紛れもなく私の育った日本だ。この人たちだって日本人だろうに、今ここにある全てのものが奇妙でならないらしい。口ぶりからしてまるで、本当に、過去から来たみたいである…。
「そなたすまぬが一つ教えてくれ、今は何年だ」
白い人がはきはきと尋ねてきた。
「今年は…平成××年です」
「平成…?聞いたことがないな。今年は天正××年ではないのか?」
「天正…?」
私は急いで先ほどまで崩れ落ちていた廊下に戻り、転がったままの鞄から携帯電話を取り出し聞きなれない年号を検索してみた。三人はただ黙って私の動向を見守っている。
ウェブ上の百科事典の年号のページを開く。天正…1573年から1592年までの期間…。携帯を持つ手が震える、手の震えに呼応するように声まで震え掠れる。
「天正…、それってやっぱり、400年前です。あなたがたが本当のことを言っているなら…。ここはきっと、400年後の世界です…。未来なんです」
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