初-誰
 
蛇口から流れ出る冷水に手を当てながら私は三人に尋ねてみた。

「蛇口…、見たことないんですか」
「じゃぐち…と言うのか、その管は」

白い人が少し呆けたように尋ねてきた。

「あの…、さっき傘も、自分たちの知っている物と全く違うと言ってましたけど…、あなたたち一体何なんですか」

私の問いかけに誰も答えず、沈黙だけが流れる。

「日本に住んでて、あの傘とか…蛇口とか…見たことないなんて、おかしいです」

誰も答えない事をいいことに、次々と言葉が口をついて出る。

「俺たちがおかしいというのか!」

すると私の言葉にたまりかねたのか、毛の人が大声で怒鳴ってきた。
私も、先ほど彼らに害はなさそうだと判断されたことで強気になっており、怯みはしなかった。鈍っていた思考が一気に堰を切ったように溢れ出し、言葉も後を追うように流れ出る。

「だ、だってそうでしょう!いきなり他人の家に上がりこんできていて…。殴ってくるし…!当たり前のものを知らないし…、い、一体なんなんですか」

一通り叫び我に返ると、三人が黙りこくっているのに気が付いた。

「あ、あのすいません…。そっちの言い分も聞かず…」

私は、つい怪しい三人組相手に言い過ぎてしまったかと反省した。

「いや…」

毛の人が落ち着いた態度で口を開いた。

「俺としたことが、動転してロクに考えもせずに先に手が出てしまった。すまなかった…」
「あ…、いえ…」

もういいです、と答えようとした瞬間、いや、もうよくないわけじゃない、という気持ちが胸に湧きあがった。

「殴ったことはもういいです。でも、お願いがあります」
「いいのか…、かたじけない。それで願いというのは…」

毛の人は先ほどとは打って変わってしおらしい。

「その…、一度落ち着いて怒鳴ったりせず話し合いましょう」

そう言うと、一瞬の間ののち三人ともわかったと頷いた。さて、話し合うと言ってもどこから始めようものか。

「あの、皆さんは本当にどうしてここに居るのかわからないんですね」

まず状況を整理するためには、事の発端を知る必要があると思いそう尋ねた。

「ああ…、我々は戦勝祈願のため××神社で祈っていた筈なのだが…。目の前が光輝き、眩しくなったと思ったら…。気が付けばここに居たのだ」

白い人が思いの外歯切れよく摩訶不思議な出来事を説明してくれる。

「××神社…」

聞き覚えのある名前だと思い、ふいに呟く。考えを巡らせると私は弾けるように叫んだ。

「××神社!お母さんのお守り!」

私は急いでお守りを探し、あたりをキョロキョロと見回した。果たしてそれは本来かかってあるべき壁には無く、代わりに部屋のすみのフローリングに転がっていた。私は急いで蛇口を止め、急いでお守りを拾い上げに行くとそれは微かに金色に発光しながら無残にも紐がほどけ口元が開ききってしまっていた。

「あ、あー…、お母さんから貰ったお守りが…」

一人、ぎゅっとお守りを握り締め跪いていると、白い人が声をかけてきた。

「どうしたのだ。む、それは…?」

三人に向かって振り向き開き切ったお守りをずい、と突き付けた。

「××神社って、ここのことですよね」

私は立ち上がり解けてしまったお守りを白い人に渡した。白い人はお守りを受け取り神社の名前を見ると微かに唸った。

「ううむ、これは、確かに私たちが居た神社の名と同じだな」
「我々が居た神社の名前とここにあるお守りに書いてある名前が一致するとなると、我々がここに居ることとあの神社との間に何か関係がある…ということでしょうか」

赤い人が神妙な顔で推理した。

「神社か。貴様…、その奇妙な身なりから言って、何か珍妙な術を使う巫女などではあるまいな」

もさもさした人はひどく真面目な顔で素っ頓狂な事を言い放ちまた私を睨みつけた。

「え!まだ私のこと疑っているんですか。それに、奇妙な格好をしているのはそっちの方じゃないですか」

思わずそう言うと毛の人が不愉快そうに顔をゆがめた。

「そんな重そうなものを着て、物騒なものを手にしている人なんて、居ませんよ」
私の言葉に毛の人は、我慢ならないという様子で声を荒げた。
「何を言う!」

毛の人は早速約束を破ってしまった。

「戦乱が続く中、武具を纏うことの何がおかしい!?」
「戦乱…?何を言ってるんですか。戦争なんて、海の向こうの話ですよ?日本で戦争なんて、ありません」

少なくとも、実際に武器をとって戦うような戦場は、今の日本にはない。
そう口にすると目の前の三人は信じられないといった表情で私を食い入るような目つきで見つめてきた。

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