なんで俺やねん、と思った。
担任は「財前、頼まれてや」と言い放つといきなり学ランの襟をつかんでズルズルと職員室まで俺を引っ張った。
なんやねん、ただでさえ好きな人に5日も会えんくて機嫌悪いと言うのに。
せめて今日は部活もオフやし、帰ったら昨日の曲作りの続きでもしよか。そう思って下駄箱からスニーカー出して上履き脱ごうとしとった俺の小さな安らぎは、こいつによって砕け散った。
「わけわからんですわ。先公がヤンキーがまいなことしてこないひきずって、何するつもりですか」
「先生のこと先公や言う財前もヤンキーっぽいでぇ」
担任はそう言って俺を職員室に通すと自分のデスクの上にあった何やら暑い封筒を差しだした、否、半ば強制的に押し付けられた。嫌々それを手に取ると"名字名前"の文字。え、なにこれ、どういうことや。
「お前名字のご近所さんやろ」
ああ確かにそうや。自分の家と名字さんの家が近いと知った日は嬉しすぎて中々寝つけんかった。帰り道、もうちょっとで家につくという時に、たまたま名字さんの後ろ姿が見えて、自宅の五軒前の家に入っていった。せやから家に帰ったらまっさきにGoogleの地図で名字さん家拡大してただひたすら見つめとった。思いかえせば俺気持ちわるい。
「名字のやつ今日で学校休んで5日目になるんや。おかげでぎょーさんプリントたまってなぁ」
ああ、なんやそういうことか。つまりご近所さんの俺にプリント届けて欲しいっちゅうことか。 そんなら最初からそうと言ってくれればええのに。 やっと俺のあの日からの情報が活かされるわけや。やっと名字さんときっかけが持てるわけや。ナイスや担任。
「しゃーないっすわ」
俺は冷静を装ってスタスタと職員室を出る。内心心臓バクバクやけど。
後ろで頼むでーっちゅうおっさんの声が聞こえた。5日ぶりに名字さん見れたらええんやけどなぁと思うたけど、5日も休むっちゅうことはきっと相当ヒドイんに違いない。やから郵便受けに入れて帰ろうか、それとも一応チャイム鳴らして確認してからにしようか、迷いながら家路を急いだ。ピンポーン
「けほっ…誰、やろ…」
チャイムの音で目が覚めた。
一応起き上がりはしたものの、部屋からでるのがだるくて、カーテンを開けて窓際から玄関の方を確認する。せやけど、みえへん。
当たりまえやな、そう思うと同時に、ぺたっと手を着けた窓が冷たくて、気持ちよくて、そのままあたしは顔ごとはりつける。出るのめんどいなー そう思ってその状態のまま目を開いた時やった。
「ざっ、財前くん?!」
驚いて窓から離れた。そしてもう一度外を覗きこむ。やはりそうだ彼だ。 財前くんがポストに手をかけたままぽかんとした顔でこちらをジッーとみている。最悪や…今の顔絶対みられた。ただでさえあんま話たことないのに変な奴やと誤解される。そう思いながら何故彼がここにいるのかをまず私は必死で考えているうちに、体が勝手にベランダへと動いていた。
「財前くっ…なんで…?」
体が勝手に動いたのは彼がそこにいることが嬉しすぎてや。しかし何故玄関に向かわなかった、私。
「…担任から頼まれてん」
「え、何を…?」
私がそういうと財前くんは封筒らしきものをヒラヒラさせた。えーと、あれはプリント?でもなんで財前くんが…あ!家近いけ届けにきてくれたんかなあ。せやったらめっちゃ嬉しいわぁ。ってか寒!あたしパジャマだけやん!そしたらくしゃみと咳が一緒にでてきて、突然視界が真っ暗になった。
「ん…」
少し重い瞼を持ち上げた。
いつもの天井や。そうそう、さっき窓が気持ちよくてベターっとはりついとって、そしたらうちの好きな人がおってびっくりして… ってあれ。
「自分、鍵かけんまんま寝とるとか物騒すぎるやろ」
えっはっ何!?
そのやる気のない声にはっとしてがばっと起き上がる。そうや、私、寒すぎてベランダで倒れてしまって…けどなんで財前くんがここにおるん?なんなんこの少女漫画チック的展開は。
「な、なんで財前くんが…」
「なんでって、自分ベランダで急に倒てん。」
あ、うん。そこまではわかっとるんやけど知りたいのはその先やねん。それにしても相変わらず綺麗な顔しとる。じっとあたしが財前くんの言葉を待つと、閉じたままの口を開いてこういった。
「鍵…あいとったし。物騒すぎるやん」
なんか答えになってないような気がしたけれど、おかげでピンときた。 鍵があいとったから運んでくれたんやろな。
あああちゅうか窓に張り付いた顔みられたああああ、でもほんまなんで財前くんはうちの家に来たんやろうか…
そう私が1人でたじろいでると財前くんはバッグをもって立ち上がった。
「か、かえるん…?」
「目え覚めたみたいやし」
そういうと彼はスッと封筒をさしだした。あ、そうや。財前くんはこれを届けに来てくれたんや。ポストにそれを入れる財前くんを見つけたからベランダに飛び出してうちは倒れたんや。あの担任うちらがご近所さんなのしっとって頼んだんやろなぁ。一見冷たい財前くんやけど、うちが見るかぎりほんまは優しい人やからなぁ。
すると財前くんからおい、と言われたのではっと我にかえると、手の平にはゴツゴツした拳のような、感触。
「…え」
「……」
「えっあっごごごごめん!」またもやらかしてしまった。
封筒をうけとったはずの私は、間違えて財前くんの手を掴んでいた。うちはなにをやっとんねん…!財前くんはびっくりした瞳のまま固まっていて、反射的に手を離した。
「ご、ごめん…」
私がそういうと、財前くんはドアノブに手をかけた。
なんだかその風景がとても切なくて、私は財前くんの足元を見て、言った。
「ま、まって!!!」
ぴたっと動きがとまる。
な、なな、またやらかしてもうた…
せやけど、ほんまはまだかえって欲しくない。風邪のせいでよりいっそうさみしさは増しとる。やって好きな人やで?…財前くんにこのままおってほしい。
「…いかんで…」
私はうつむいたままそう呟いた。
せやけど恥ずかしくなって布団の中に逃げこむ。やっぱ、やっぱかえってええよ!それから布団の中で、さらに本心をごまかすようにそう叫んだ。まだ扉が閉まる音がせんかったので、気をつけてや!と、ぶっきらぼうに付け加えた。ちゅうか五軒隣やし気をつけてもあらへんか。
それから布団の中は私のドキドキで支配されて、なんにも聞こえんくなった。
やけど、次の瞬間ベッドがギシッと揺れたもんやからびっくりして布団を剥ぎとれば、目の前には財前くんの背中。
「え」
ざ、財前くんがベッドの隅によりかかったけか…ってそうやなくて、財前くん、おってくれてるん…?そう思いながら財前くんの後ろ姿を見つめていたら、彼の耳が赤いことに気づく。
「ざざ財前くん耳あかいよ…!ももももしかして風邪うつしたとかごほっ」
「ま、まだ体調悪いんやから無理すな…!」
「う、うん…」
「家族かえってくるまで、どこにもいかへんから大人しく寝とき」
そういって財前くんはこっちを向いて私の頭をぽん、と撫でた。あ、れ、なんやこれ。顔赤い財前くんめっちゃかわいい。ちゅうかなにそれ、反則やろ。 この距離に耐えられんくなったので布団の中にもう一度逃げこむことにした。
財前くんの場合
(ただいまー、あらっ名前、誰かお見舞いにきてくれてはるん?)(あ、おかんかえってきた)(…ほな、帰るわ俺)
それから財前くんはおかんのお気に入りになりました。
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一回ですね、消えたんですよ文章の後半部分が泣
再び無事書き終えられてよかった。
というかこの終わり方やったら続きかきたいなぁ…
最後まで読んでいただいてありがとうございました!