虎の威を借るめぐる・中
山之井めぐる。親の転勤が決まったことにより、田舎へ引っ越すこととなった。引越し当日は惜しくも卒業式と重なり、卒業式に出ることも出来ず、早朝に校長室で卒業証書を授与されてからすぐ出発。トラックの生み出す風が桜の木を揺らす。窓から顔を覗かせ、青空を見上げたとき、ふと。一瞬。脳裏に人の顔がよぎった。……ああ、わたしってば。
「弥一にお別れ、言ってなかった……」
そのとき弥一はすでに中学生で、小学生の頃みたくほとんどを共に過ごせるような環境ではなかった。なにより弥一は、同じ中学に入るのだと思っていたらしいが。
しかしなんの今更。めぐるはまた新たな野心を抱いて新境地へと旅立つのだ。惜しむ気持ちは早々に、心の底に沈めてしまわなければ。
そうして彼女を迎えた新境地の中学校は、なによりも生ぬるく、やさしく、彼女の三年間を見守っていった。めぐるはすくすくと育って、ようやっと平均身長まで追いついていた。そして言わずもがな、小生意気で高飛車、肝っ玉の座った面構えは健在である。
「変わったんだな……」
受験した高校はかつて幼い頃に住んでいた町の公立高校。三年しか経っていないのに、見知ったお店はどこかに移動し、または消え、空き地も出来て、公園は遊具も質素なものしかなく、寂しいものになっていた。
「めぐる、これ持って」
「おお」
自分たちで持ってきた荷物のうちの一つを母から手渡される。
「ただいま」
今日からまた、ここで暮らすのだ。今日からまた、ここで生きるのだ。
私もこの街も、そう望んでいるのだ。めぐるは高まる気持ちを抑えて、背筋を伸ばした。
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