▼ 消えない顔
夜、シュークリームのお礼に行くと、そのままスナックの手伝いを必要としてくれた。迎えに来てくれた銀さんは帰る頃には珍しくカウンターで酔い潰れていて、終わったと言っても返事は全て「ん」
一応自分の足で歩いてくれたけど、フラフラで布団まで連れて行くのに苦労した。
シャワーを済ませて寝室に戻ると銀さんはぐっすり眠っているみたいで寝息が聞こえる。
結構飲んでたから具合大丈夫かと思ったけど心配なさそう。
「ん、うっ、」
「え? 銀さん?」
突然呻き声を上げた銀さんの側に寄り顔を見ると、眉間に皺を寄せながら枕に顔を半分押し付けるように埋めていた。
布団の中に手を入れて背中を擦るとゆっくり瞼が上がっていく。
「あ、起きた?具合大丈夫?お水飲む?」
「……のむ」
持ってきていたコップを渡すと、ゆっくり起き上がり私の手ごとコップを掴んでゴクゴク一気に飲み干して顔が下がった。
「大丈夫?」
「……ん、へーき。」
「寝れそう? 背中擦ってようか?」
「一緒にねる? 」
「え? 背中擦るって言っただけなんだけど。」
私の返事を無視して腕を掴み布団に引きずり込んできた。本当に酔ってるんだよね?何でこんなに力強いの?
ぎゅうぎゅうに抱き付かれて身動きが取れない。
「ちょ、分かったから、力緩めて、苦しい。」
言うと腕の力が抜けて軽く添えられる程度になった。
言葉はちゃんと通じてるみたいでとりあえず安心。
これなら寝れる、と目を瞑ると直ぐに銀さんの声が降ってきて閉じた目をまた開く。
「なに?」
「明日、俺を突き放してくんない?」
「は?」
「嘘で良いから、本気で突き放して。」
意味が分からなすぎて顔を上げるも銀さんは目を瞑ったままだった。
今の寝言?
「聞いてんの?」
「起きてるの? 寝言じゃなくて? 」
「起きてる」
「酔ってるんだよね?言ってる意味が分からないよ」
「だから突き放して、」
「……どうやって? 」
「んー、嫌いって言って。俺の事嫌がって。」
「何言ってるの?」
「だからぁ−、嫌いって言えって。」
「言わないよ。何でそんな事言わないといけないの? 私冗談でもそうゆう嘘付くのも付かれるのも嫌い。」
「俺は言わねーから。お前が言うの」
「言わないって。言うのも嫌。」
「嘘なの分かってっから、だいじょーぶだって。」
「だから言うこと自体嫌なんだって。」
「言って」
「絶対に嫌。」
「……言わねーと、噛む」
「噛めば? それでも言いたくない。」
「…………言ってよ。」
……え?そんな懇願すること?酔ってるから?
私の肩に乗せている銀さんの顔を両手で挟み無理矢理向かい合わせた。ゆっくり開いた目をじっと見つめる。
「本気で言ってるの?」
「言ってる」
「酔ってるからじゃなくて?」
「ちがう」
「…………それを、私が言う意味はあるの?」
「ある、」
「なに」
「言わねー」
「…………私、本当に言いたくないんだけど。それでも言わなきゃ駄目なの」
「うん、言って。」
「……今言ってる事、明日になったら忘れてるって事無いよね?」
「ない」
「本当に? ねぇ、絶対にない?」
「ない、」
「……そう、……私が言っても、ちゃんと嘘だって分かってるんだよね?」
「分かってる。ちゃんと分かってる。」
本当に?なら何で言わないとならないの? 嘘だと分かってて言われる事に本当に意味があるの?
会話が止んだ後ふと銀さんを見ると、もう眠っていた。
銀さんにとって、そこまでの意味があるのなら。嘘だと分かった上で付く嘘ならば……。
・
・
眠れなかった。銀さんと一緒に寝て眠れなかったの初めてだ。
とっくに朝食の準備は終え、脳内で何度もシミュレーションを繰り返してるけど、度々 何で言わないといけないの?ってフレーズが過ってくる。
でも意味がある事なんだよね。……本当に? いや、これも何度も過ってくる。 あんなに言ってくるんだもん、意味があるんでしょ。
さっさと終わらせてしまいたい。考えすぎて気持ち悪い。しかも寝てないから余計に。
……足音が聞こえる。
銀さんは本気で突き放せと言った。中途半端でもう一回なんて言われるのは絶対嫌だ。一回でさっさと終わらせよう。
「……はよ、」
台所の扉が開いて銀さんが入ってきた。
「おはよ」
目は合わせない。声も低いしわざと素っ気なくしてる。突き放す為に。
「どうした?具合わりーの?」
……え? 何でこんな普通? ……あ、いいのか、私が突き放すだけなんだ。普通に来られるともう良いのかなとか思っちゃう。
心配してるみたいに近付いて来る銀さんが頭に触れようとしたのを手で弾いた。
「触らないで」
私こんな事されたら泣くかもしれない。目も合わさず顔も見ず手を弾かれて。しかもいつもより低い声で。
もうやだ、早く終わりたい。言わなきゃ。言わなきゃ終わってくれない。早く言え、さっさと言え、言えば終われる、
意を決して口を開こうとした時、銀さんが先に口を開いた。
「…………俺、何かした? 」
あまりにも弱々しいその声に思考が止まった。
1度も合わせなかった目線を銀さんに向けると、呼吸をするのも忘れるくらい何も考えられなくなった。泣いてる、訳ではない。銀さんは今にも泣きそうな、酷く傷付いたような顔をして私を見ている。 なに、なんで。
「……嫌いに、ならねぇって、言ったじゃん、」
「っ、もうやだ出来ない!」
思わず叫びながら銀さんの首に抱き付いた。例えこれが銀さんの演技だったとしても出来ない、私には言えない。やっぱり無理だ、諦めて貰おう、意味があっても何か別の事で代用して貰おう。
「……え? なに? どうゆう事?」
……
待って、なに? ……、 …………嘘だよね、まさか、
「……昨日の、事、覚えて、る?」
「昨日? あ−、悪い俺結構飲んだよな。何かした?」
何かした? 何か、したって。
首に回してた腕をほどき下を向いて顔を背けた
「 わり、あんま記憶無くって、俺帰れてた?」
「……私、言ったよね、明日になったら忘れてるって事無いのって。 言ったよね、本当に言いたくないんだって。やりたくないって言ったよね。それでも言えって懇願してきたよね。だから、やりたくも無いのに、どれだけ必死で、」
「お、おい、大丈、」
「触らないで。銀さんの顔見たくない。」
私に触れようとした手が止まった
「出てって。」
告げた言葉に黙って出て行った銀さん。
無言で朝食をテーブルに並べ、新八くんに出掛けてくると伝えてから家を出た。
宛もなく歩いてもきっと直ぐに見付かる。探される可能性が高いから。だけど絶対会いたくない。何より顔見たくない。
でもこの世界に私が逃げれる場所なんて、……あった。
行っても良いかな、多分銀さんは分かってても来ない場所。
・
・
1日ぶりで久しぶり感が全くない。本当に来ちゃったけど普通に入って行く訳にはいかないし、どうしようかな。
門の所で隠れるように立って居ると人が近づいてきた
「あれ?名前ちゃん?」
「あ、山崎さん!」
山崎さんだ!知ってる人で良かった、危なく不審者だと思われる所だった。
「おはよう、遊びに来たの?沖田隊長は丁度見廻りに行ってるけど、副長は居るよ、行く?」
「えっ、あ、おはようございます、えっと、……良いのでしょうか、私入っちゃっても。」
「副長から聞いてるからね、大丈夫。送るよ、」
「ありがとうございます、これ、良かったら皆さんで食べて下さい、」
「え? わざわざ買ってきたの? ありがとう、でも気を使わなくて良いんだよ。あ、副長のコーヒー淹れてく?」
山崎さんの心遣いにより、1度食堂に行きコーヒーを淹れさせて貰ってから副長室に向かった。途中で仕事が入って山崎さんと別れ、通い慣れた副長室に着く。
ノックをすると数日間で聞き慣れた声。
「失礼します、コーヒーをお持ちしました。」
襖を開けて言うと、驚いた顔して振り向いた土方さんに笑みが溢れた。
「おはようございます土方さん。1日ぶりですね。」
「本当な。実は昨日も居たんじゃねぇか?」
「ふふっ、入っても良いですか?」
「いちいち聞くんじゃねぇよ。」
素っ気なくても優しいのが分かる。
笑いながら隣に座りコーヒーを置くと直ぐに手を伸ばして飲んでくれた。
「どうした? 」
「何がです? 真選組フリーパス貰ったので早速遊びに来ました。」
「テーマパークみたいに言うなよ。」
「ここは煙の館ですね!」
「名前さん」
「え?沖田くん?」
声のした方に顔を向けると沖田くんが入ってきた
「総悟見廻りはどうした。」
「用事出来たんで自主的に終らせて来やした。」
「ったく、仕事しろよ。」
「俺が居たら邪魔なんで? 2人きりのが良かったですかねィ」
「んな事言ってねぇだろ!」
「元気ですかィ?」
叫んでる土方さんをスルーして私に話し掛けてきた沖田くんは人差し指で目の下を撫でてきた。
はっとして顔を引いたけど多分もう遅い。と言うか、……もしかして知ってる?
「さっき見廻り中にメガネに会いやした。」
やっぱりか、
「……そっか。」
「自分から言った方が良いですぜ。それとも無理矢理言わされたいんで?」
「いやこわいよ。言う以外選択肢無いんだね。」
「聞かれたく無いならもっと上手く隠しなせェ」
土方さんを見ると何やら聞く体勢で居てくれてる。さっきの どうした は何しに来たか、ではなくて何かあったのかって意味だったのかな。
告げ口するみたいで良くないとも思うけど、ここを逃げ場所に選んでおいて、しかもこんなに心配してくれているのに何でもないって言うのは違う気がする。
だから昨日の事から全部話した。
・
・
「ただの馬鹿じゃねぇか。」
「自業自得でさァ。」
説明し終わると2人からは辛抱な言葉が返ってきた。
「つまり無理矢理言わされて、且それを忘れてたのを怒ったんで?」
「ううん、忘れてたって分かった瞬間は、は?って思ったけど結構お酒飲んでたの知ってたし、酔ってたのも知ってた。それを酔ってないって言葉を信じた私も悪いから。そこまでじゃないの。」
「なら何で逃げてるんでさァ。」
「…………頭から、離れなくて。銀さんの顔が。」
「旦那の顔?」
「泣き、そうな、酷く傷付いた顔だった。本人は忘れてるから、私がいきなり突き放した事になるんだもんね。私がさせた、あんな顔。頭から離れなくて、銀さんの顔見れなくなった。だから逃げてきたの。」
「……アイツが自分で招いた事だろ?本気で突き放した訳じゃねぇんだから説明すれば解決すんじゃねぇの?」
「でも顔見れないんです、あの時、怒って出てって貰ったけどずっと頭から離れなかった。ただ頭から離れない。顔見たら重なっちゃう、見たくない。」
「もう会いたくねぇって?」
「そこまでじゃないです、ただ、少し距離開けれれば記憶薄れるかなって。」
「無理だろ」
「無理ですねィ」
「ですよね……きっと探される」
銀さんからしたら意味分かんない現状だろうから余計気になってると思う。
「もー、消えない……、全然消えてくれない、うぅ……。」
「何してるんでィ。男の部屋で簡単に横になるもんじゃねぇですぜ」
「……ねむい」
「眠い? 」
「今日が憂鬱過ぎて全然眠れなかった。」
「どんだけ嫌だったんだよ。」
「心底嫌でした。」
「なら寝てさっさと忘れなせェ。」
「でも帰りたくないもん、顔見たくない。前に公園で寝たら怒られたし、」
「あぁ? 何やってんだよお前は。馬鹿じゃねぇのか。」
「……ねそう、煙いけど。」
「追い出すぞ。オメーが突然来るからだろ」
「だって、いつでも、きて…………」
「は? え? 寝たの?」
「そうみたいでさァ」
「マジか。」
「気ィ強ェのに懐いた相手には随分臆病になるみてェで。土方さんも気を付けて下せェよ、何でか知りやせんけど俺や旦那に比べて随分甘えられてやせん? 」
「そうか?」
「腹立つんで死んでくれやせんかね」
「理不尽過ぎんだろ。」
「取り敢えずこの人寝かせまさァ。土方さんの布団使って良いですかィ?」
「あぁ、」
「良いのかよ。」
「お前何なの?」
「あ−、服にクセェ匂い付きそう。」
「ちょっと待て、何でお前も布団入ってんだよ」
「……見て下せェ。」
「は?」
「旦那の調教の賜物ですかねィ。軽く抱き寄せただけですり寄って気やした。」
「どんだけ一緒に寝てんだコイツら。」
・
・
ゆっくり浮上する意識の中、煙草の匂いがして自分が副長室で寝てしまったのだと思い出した。
布団まで運んでくれたんだ。土方さん居るのかな。
起き上がろうと布団から顔出すと視界に白い着物が映り込んできて身体が止まる。
何でここに。
「起きた?」
「…………うん、」
土方さんは居ない、人の気配が他にしない。多分銀さんしかこの部屋に居ない。
「悪かったな、謝るから帰ろうぜ」
「……」
「帰りたくねぇの?」
銀さんは至って普通だ。きっといつも通りの表情をしてると思う。けど、どうしたって見れない。
布団の中で起き上がれずに居ると襖が開いたのが分かった。
「起きたのか? 」
土方さんの声だ
「……はい、すみません私寝ちゃってて。」
「いや、それはいい。でも今日はもう帰れ。」
「……」
「また来りゃ良いだろ。逃げ道でも何でも好きにすりゃいい。けど、今日は帰れ、」
「呼んだの誰ですか」
「俺でさァ」
やっぱり。
「いつまでヤニくせぇ布団被ってるんでィ。帰りなせェ。」
2人とも過保護過ぎじゃない? こんな面倒なやつ放って置けば良いのに。
布団から出て立ち上がると、銀さんも立ったのが分かった。
「……帰ります。ありがとうございました。」
入口に近付くと土方さんが袋を持たせてくれた。中には予想通り、お菓子が沢山。
思わず笑って見上げると頭を撫でられた。
「ありがとうございます、沖田くんもありがとうね。」
無言で頬を撫でられたので私も撫で返して部屋を出る。
・
・
俺の少し前を歩きながら貰った袋を覗いている。
「昨日、と今朝も悪かったな。」
「もういいよ。」
「怒ってねぇの?」
「うん、ごめんね。家出てきちゃって。朝もごめんね。」
「いや、」
怒ってないと言うこいつは、確かに怒ってはいない。
そもそも朝の時点で触るな出ていけと口調は怒っていたものの、表情は怒りよりも傷付いたような何処か怯えた顔だった。
必死で昨日の記憶を思い出した後、追い掛けようと玄関に向かうとタイミング良く電話が鳴った。
ちゃっかり遊びに行けるくらいの仲になってる事にも多少驚きもしたが、それよりも話の内容に驚いた。
俺の顔を見たくないと言ったあの意味に。
そこでようやく口調とは裏腹な怯えた顔の理由も理解した。
自分がどんな顔してたかは知らねぇけど、確かに酷ぇ顔してたかもな。自分が言わせたなんて全く考えもしなかったし。
にしても、こいつの出て行った理由は俺に腹を立てたからじゃない。俺の傷付いた顔が頭から離れない。そんな理由。
そしてそれを見て自分も傷付いたんだろう。こいつはさっきから1度も俺の顔を見ようとしない。
「なァ。ちょっとこっち見てくんねぇ?」
歩くのを止めた俺に、前を歩くこいつも止まった。
俺の言葉にゆっくり顔が横を向く、だけど完全に振り返る事は無かった。
「……なに?」
「聞いた。俺の顔見たくないっつった理由。怒ってたからじゃないんだってな。」
「……知ってるならそっとしておいて。」
「気にしなくて良いって。悪いな、忘れてて。」
「銀さんのせいじゃないよ、私が悪い。……なんかね、私どんどん弱くなって来てるの。ここは、人と距離感がとても近い。それに慣れたせいなのか急に1人になったり暗闇に居るだけでも直ぐ心が弱る。今まで普通に出来た事まで出来なくなってる。それが不満だって言ってる訳じゃないんだよ、それだけ仲良くなれるし。だけど、最近特に思うの。距離感が近過ぎるんじゃないかって。」
確かに、最初の頃に比べるとかなり距離感は近いと思う。時々酷く臆病になるのも気付いてた。
けどそれが?四六時中傍に居て急に1人になれば不安にもなるだろ。しかも、こいつの場合異世界から来たっつー特殊な環境の元で。
「少しさ、距離感取ってみない? 普通くらいで。顔は明日にはちゃんと見ておはようって言うから、」
「こっち見ろ」
「…… 明日にしてってば」
「今見ろよ」
一向に俺を見ないこいつの側まで足を進めると顔を背けられたが腕を掴んで脇道に入った。
「ちょっ、どこ行くのっ」
暗いせいか若干怯えた声を出したこいつを壁に追いやり視界に光を入れさせた、光の方に目をやり安心したのを確認してもう一度同じ言葉を投げる
「こっち見ろ」
俺の腹辺りに移動した目線がゆっくり上に上がるが、途中で止まり顔を見ることはなくまた下ろされ首を横に振って拒絶する
後ろの壁に手を付きながら下を向いているこいつの顎の下に手を入れてると、更に拒絶するように抵抗してくる。気にせず力を入れると両手が俺の顔に伸びて両目を隠すように置かれた。
そんなに嫌か、と内心ショックを受けつつも、見えないまま顔を近付ける。顔を押しては来てるものの強くは押せないんだろう、ほぼ添えられてるだけだ。
見えはしないが見えたら確実に目が合う所まで近付き止まる。顎を押さえたままだから顔を背ける事も出来ねぇだろうしな。
「距離取りてぇの?」
「っ、距離感が欲しい、」
直ぐ目の前から聞こえる声。
「家出て、何でアイツらの所行った? 遊びに行った訳じゃねぇんだろ?」
「……他に行く場所無いし、その辺に居たら銀さん来るから。」
「あそこなら俺が諦めるって?」
「諦める……とは思わなかったけど、でも簡単には来ないと思って、」
「へぇ、」
壁に置いていた手を離し片手だけでこいつの両手首を掴むのなんて容易い
自由になった目を開くと目が合った瞬間困ったような泣きそうな顔をされた。
「結局こうして捕まってんじゃん。それで?俺から距離取ろうなんざ良く言えんな? 」
「……え? いや、距離感が欲しいって言ったんだけど。」
「要らねぇよ、そんなもん。 逃がすわけねぇだろ。お前に逃げる場所なんて何処にもねぇよ。」
顔を近付けて頬を舐め上げると眉間に皺を寄せて見られた。
怯える顔を想定したんだけどな。逆に引かれた。
まぁ何でも良いけどよ。
「どうよ。」
「は?」
「だから、朝の。忘れた?」
「……は、……、馬鹿じゃないの?」
少し呆れた顔しなから言ってきたこいつに掴んでた手を離して距離を取った。
「オメーが忘れらんねぇっつーから。」
「まぁ、だいぶマシになったけど。でも距離感はまた別の話だったのに。」
「んなもん取ったら泣くぞ?俺が。」
「何それ、嘘でしょ。」
笑いながら歩き出した後ろを着いて歩く。
「夕食、何しようね?」
「作った。グラタン。」
「え!? 銀さん作ったの!?」
「おー」
「それは、私のご機嫌取りに?」
「……まぁ。」
「……ふふっ、ありがとう! いいよ、じゃあ全部許してあげる! 別にもう怒ってないけどね、」
「マジで?禁酒なし?」
「あははっ、禁酒する気だったの? いいよ、禁酒無し。」
グラタンごときで全部帳消ししてくれんだ。安上がりだな。
笑いながら話すこいつに手を差し出せば笑顔で手を伸ばしてきた。
マジで帳消しされたらしい。
弱くなれば良いと思った。
前より弱くなったと言っても、最初こそ寂しがりはするだろうが、こいつは順応能力が高いし人との付き合いも上手い、おそらく何処へ行っても結局は笑って過ごすんだろ。
距離を取りたいなんざ思わねぇくらい弱くなれば良い。
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