おかぜ
―苦しい……あつい…なんだこれ
朝、いつもだったらすっきり目覚めているはずなのに今日の奏螺の目覚めは最悪。
身体が重い、だるい、熱い等々……
「…38℃。風邪だな、こりゃ」
―かぜ…?
そう、これは風邪の症状だ。だが、今の彼の思考回路は停止に近い状態だ。
奏螺は理解に苦しんだ。目の前で体温計を見つめていた紫紀はため息をつく。
「今日は休みだな」
「っ!だめ…!」
“休み”その言葉に奏螺は反応し、それを拒んだ。
唐突だった彼に流石に紫紀も少し驚いた。が、再びため息をついて口を開く。
「あのな、お前の今の状態で学校に行ったって周りに迷惑をかけるだけだろ?」
「…でも、休んだら紫紀に迷惑かける……」
そう、奏螺はそれだけは避けたかった。
今まで自分の世話とかしてくれて、自分の仕事の時間まで削って、奏螺との時間を作っていた紫紀。
休んだら紫紀は奏螺を付きっ切りで看病するに決まっている。
これ以上紫紀に迷惑をかけたくなかったのだ。
「俺は迷惑とは思ってないから」
奏螺が寝ているベッドの隅に紫紀は座った。
「けど、仕事は……?」
「明日に回す」
「だめ!」
そんなことをすれば、紫紀は明日徹夜するに決まっている。
そんなことをすればまた疲労がたまってどこかでぶっ倒れる。
奏螺はそれが目に見えていた。
「俺なら大丈夫だから、な?」
「やだ。紫紀に迷惑かけるくらいだったら、学校に迷惑かける……!」
「っ!お前、なんでお前を学校に行かせてるか解ってるわけ?」
「…………」
―そんなの、俺が仕事の邪魔になるからだ。
今まで一緒に居たからわかる。
これは奏螺のただの思い込みに過ぎない。
が、今まで自分のために沢山のことをしてくれて、自分は何もしてあげれていないと思っている奏螺だ。
そう思い込んでも仕方の無いことだった。
そうやって口論している間にも奏螺の体温は上がっていく。
風邪の症状がどんどん酷くなり、それは奏螺自身にも現れてくる。
―どうしてこいつはこんなに無理をするのだろう
紫紀はそう思う。彼が、紫紀が奏螺を迷惑と思ったことは一度も無いのだから。
「………俺は、お前のことを迷惑と想ったことはねぇよ」
「っ!……じゃ、なんで学校なんか……?」
奏螺は紫紀の傍にいれればそれでよかったのだ。
学校になんか行かなくても、勉強はできた。知識は紫紀がくれる。
それで良かったのだ。
紫紀はため息をつくと奏螺の隣に横になり、彼の頬にそっと触れる。
「お前に、人と関わって欲しかったんだよ。そーだな……友達…を作って欲しかったんだよ」
「友達……?」
「そ。友達」
風邪の所為で赤くなった顔をきょとんとさせる奏螺に紫紀はふっと笑った。
するとなぜか奏螺の目に涙がたまっていた。
「邪魔じゃ……ない…?」
「!……邪魔なんて思ったことねぇよ」
「ほんと…?」
そのとき紫紀は理解した。
―邪魔か…そう思われていたのか…
仕方が無いといえば仕方が無かった。そう、思われても仕方がないと、紫紀は思った。
奏螺の目からは溜まっていた涙が頬をつたった。
それを紫紀は優しく拭う。
「ホントだって。むしろお前が必要なの。」
紫紀はにんまりと笑った。
本当は紫紀も、奏螺さえいてくれればそれで良い。本当はずっと傍にいて欲しい。
だが、奏螺にも外のことを知ってほしい。そう思った。だから学校に通わせたのだ。
否。本当はいつも仕事をして、奏螺の傍にいてやれないと思ったから……寂しい思いをさせたくないそう思ったから。
その理由のほうが大きいだろう。
「…………よかった…」
―やっと笑った。
自分よりも、奏螺のほうが疲れていると紫紀は思う。
毎日家事をやってくれてるし、休みの日は自分の仕事の手伝いをしてくれる。
感謝の気持ちでいっぱいだ。
「……奏螺」
「……ん…?」
「ありがとう」
「ん……」
紫紀は奏螺の額にキスを落とした。
風邪の所為で頭が回らず、何に対しての礼かなんて奏螺には理解しかねたが、自分が紫紀に必要とされている。それはわかる。
ちゃんと、必要とされているのだと。
「学校にはちゃんと俺から連絡しとくから、今日は休め」
「……わかった」
口論の末、奏螺はしぶしぶ承諾した。
紫紀はベッドから起き上がり、携帯を取り出して連絡をする。
「奏螺」
「なに…?」
「我が儘言ったって良いんだからな」
ふと思い出して紫紀はベッドで寝ている彼に告げる。
実は奏螺は紫紀に我が儘―甘えたことがあまり無いのだ。
これが良い機会だと思ったのだろう。紫紀はちゃんと伝えることにしたのだ。
奏螺は蒼色の瞳を見開いた。と思いきや顔が隠れるまで布団をかぶってしまった。
―ったく……可愛いなァ
「……ま……も…い?」
「ん?」
奏螺は布団から紫紀をのぞかせた。
「我が儘…言っても、い…?」
「どうぞ」
紫紀は微笑んだ。了承を得たことにホッとして、奏螺は彼の服のすそをつかむ。
「…そばにいて…?」
―…それは我が儘に入らないよ
紫紀は内心そう呟きながら、奏螺が寝ているベッドの中に滑り込む。
すると奏螺は自分の今出る力で彼を抱きしめた。
紫紀はそれを優しく抱きしめ返した。
「愛してる」
紫紀は風邪っぴきの彼にそうささやき、二人は夢の中へと落ちていった。
あとがき
奏螺はとっても不安だったんだよね。
自分は紫紀の隣に居ていいのかどうか。
全く、可愛いですなあ…
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