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 自由に外へ出られる時が来ますように、と少女が願いを懸けたのは、白色の神オルゼだ。
 その姿は明確にされておらず、美しい翼を持つ女性であったり、厳格そうな初老の男性であったり、彼女が目にした本の中には、様々な形のものが神として描かれていた。
 外見すらあやふやなものを、何故信じられたのか。簡単なことだ、彼女が信じたいと思える存在が、そのくらいしかなかったのだ。両親は他の兄弟にかまけて、末っ子の彼女には「放っておかれている」という気さえした。生まれながらに丈夫でない体は、自由には動いてくれない。だから友人もいなかった。

 彼女の日常を変えたのは、窓から外を見ている時に偶然目が合った、これもまた偶然にも同い年の、金髪の少女だった。
 その少女は、他人と接する機会など無かった怯える少女を、珍しいものでも見るかのように覗いてきた。

「あなた一人? こっちへ来なさいよ、明るくて楽しいわよ」
「……いいえ。私、出られないの」
「じゃあ、私が毎日遊びに来るわ。そうしたら寂しくないでしょう?」

 哀れむような瞳ではなかった。名をフィオと名乗った少女は、言葉通りに毎日訪れた。
 孤独な少女シャルに初めて出来た、友人という存在だった。

 しかし二人が共に居られるのは、長くは続かなかった。
 アスカームから遠く離れたシェリルの民であるフィオは、両親の教えを信じていたので、倣うように黒色の神ユリエを信じていた。ユリエから何かのお告げがあれば、従わなければならなかった。だから、彼女は自分の意思とは反して、この地を離れる事を決意したのだ。

「シャルちゃん。実は今日が、お別れの日なの」
「フィオ。あなたがいなくなってしまったら、私はまた一人で、寂しい時間を過ごさなくちゃいけないわ」

 シャルは勢いよく上体を起こし、友人の身体を掴んだ。咳き込む彼女の体を支えて、フィオは諭した。

「何の目的も無く行くんじゃない。あなたの病気だって、きっと治るわ。だって私は奇跡の力を得られるんだもの。一番最初に、あなたを治すのよ。それがシャルちゃんと私の約束」

 −−それは、寝台に横たわるベルダート王妃の、長い夢の一部。そして、蘇る過去の記憶だった。


 フリージアの名医であり、弱っていく幼馴染みを見守ってきたフィオナーサは、訪れようとするその時を静かに待っていた。
 手を握っても、シャルアーネは反応を示さない。改めてその姿を見ると、随分と時が経ったとフィオナーサは思った。彼女自身の方はと言えば、紋章を宿した時から容姿は変わらない。まるで時間に置き去りにされてしまったかのように。

「シャルちゃん。あなたがベルダートに嫁ぐ事が決まってから、シェリルはアスカームを裏切りの民だとなじったのだそうよ。北部と南部は、未だに解り合えない。だから、フリージアとベルダートも昔と同じままなのね。でも、安心しなさいね。あなたには出来なくとも、きっと私たちが叶えるわ。お互いが協力しあう、理想の親交国同士という関係をね」

 言い終えると、すぐ後ろに立つシェルグも、同意するように頷いた。これから共に歩む者との決意だ。
 彼はフィオナーサを残し部屋を出て、扉の前に佇む騎士に命じた。

「もうその時は近い。報せを出しておけ。国内全域と、フリージアにもだ」

 命令を受けたロアールは敬礼をし、すぐに駆けていった。
 その姿に、シェルグは満足そうに笑む。口数は少なくとも、ロアールの振る舞いは確固としている。たとえ他の者が従わずとも、彼だけは自分に忠実な騎士であり続けるだろうとシェルグは思う。

 規則的な秒針の音が響く。時は等しく無慈悲に流れるものだ。

「一番大事な約束を、守れないみたい。ごめんなさい……シャルちゃん」

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