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「私の未来にはお前が必要だ」

 フィオナーサがシェルグと出会ったのは、もう二十年近く前のことになる。シャルアーネの病身に紋章術を施したフィオナーサを見初めて、彼はそう言った。

「あら。どういう意味かしら?」
「そのままの意味だ。我が妃に選ばれたことを光栄に思え」

 年齢の割に大人びた態度を見せた彼は、揺るがない自信を身に纏ってそう言った。
 それから、フィオナーサが王妃の診察に訪れる度に、シェルグは二人の時間を作ろうとした。初めのうちは、フィオナーサは断っていた。だがシェルグの周囲に他の女性の陰が多く存在することを知り、自分もその内の一人なのだろうと思えば、意外にもすんなりと受け入れてしまっていた。

 程なくして、シャルアーネの懐妊が公表された。その頃からだろうか、彼がフィオナーサの前では、思い悩める様子を見せるようになったのは。
 そしてその数年後、国王リオは失踪した。未熟な王子を二人残して。その後のシェルグには期待の眼差しが向けられるばかりだった。多くの民の、「王弟殿下」に縋るような眼差しが。たとえ誰もが望んでいなくとも、リオの弟として生まれた以上、シェルグはその運命の上を歩まなければならなかった。

「幼い頃……リオに連れられてここから王都を見下ろした時に、私はあいつの抱え込む重圧を知ったんだ」

 ある時、彼は森の高台から王都を眼下に広げ、傍らのフィオナーサに打ち明けた。

「遠くから見ると、どんなに大きなものでも小さく見える。大地から見上げた鳥は自由で優雅なものに思えたが、広大な空を往く鳥は酷くちっぽけなものに見えた。……王とて一人の人間だ。本来ならばその儚い自然の一部なのだ。なのに上に立たなければならない。高い場所からでは人々の表情など見えやしない。だが、受け止めなければ、想像しなければならない。国というものは……人間一人が抱え込むには大き過ぎる」

 彼の震える肩が実際よりも小さく見えて、フィオナーサは思わず抱き留めていた。

 シャルアーネ妃殿下の死後、二人は正式に婚姻を結んだ。かねてよりシェルグが提案し交わしていた「契約」だった。ベルダートとフリージアの真の統合の布石となるのだとシェルグは喜んだ。フィオナーサは彼に従った。彼女が医師を目指したのも、紋章を宿したのも、幼い頃からの友人を助ける為だったというのに。

 それからは、たった二人で歩んできた。地盤は脆く、一度踏み締めた大地は崩れて後戻りは出来なかった。どこかで道を違えただろうか。それも判らない。
 今では、紋章を異端と呼ぶ者はベルダートには存在しない。騎士たちが各々に宿した紋章を掲げ、鍛錬を積む。力有る者と力無き者との隔たりは取り払われた。恐れを無くした為か、騎士団員の志気は高まっているように見えた。
 新王は、現状を「理想に近付いている」と述べた。だがフィオナーサは、心の底から納得できた訳ではない。彼がかつて自分にだけ残した言葉が、ずっと胸に痞えている。

『この国は……ベルダートという名を捨てるべきなのだ。血族が絶えれば、民も意識を改めるだろう。この身が果てたら、お前が民を導け。フィオナーサ、お前は生き続ける必要がある。それが私の未来となるからだ』

 彼は昔から変わらない。自分勝手で、生意気だと思った。自分独りにそれを背負えと言うならば。

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