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 最初の頃こそ、見るものすべてが新しく、綺麗な色の花、飛び回る小さな虫、鳥や動物、初めてのものを捉えては、沸き上がった喜びを抑えきれずに、恐れも抱かず飛び付いていった。
 しかし、長い時間を歩いた経験に乏しいエルスは、繁みの中を進むにつれて、度々疲れを訴えた。距離をおかないうちに、少し開いた所に出ると、四度目の休息をとる事になった。
 エルスは年輪の上に腰を下ろして、ターニャは自らが造り出した、浮かんだ光の玉の上に座った。ユシライヤは立ったまま、辺りを気にするように目配せした。

 先の見えない程に覆い繁った木々。見回りの騎士団員に見付からないようにと正規の道を歩いてこなかったので、この森を抜けるのにはまだ時間がかかりそうだ。

「空を飛べたらいいのにな。お前が僕の部屋に入ってきた時みたいに、ぱーって移動するとか」
「それは……不可能です」

 天上人の少女ターニャに誘われて目指すのは、ベルダート王国の東、陸続きの隣国フリージアだ。ミルティスへ戻るには、数える位しか存在しない特定の場所から転移するしか、方法は無いのだと言う。ここからはフリージアに現存するものが一番近いとの事だった。どうやら、彼女の転移術も万能ではないらしい。

「まさかフリージアまで行く事になるなんて。天上界からまた王都に戻ってくるのは、かなり先になりますね」

 と、地図を眺めながらユシライヤが言った。
 エルスが城の外を経験していないのならば、その護衛として付き従うユシライヤもまた、王都を出た事は滅多に無い。フリージアに関する知識は、机上で拡げた紙の中でしか得られなかった。実際に歩いてみれば、その距離は途方のないものだとわかる。
 彼の思いに従ったとはいえ、思い切った決断をしたものだ。

「厳密に言えば、ミルティスは天上界ではなく、二つの界の狭間にあります。そもそも世界は天と地に分かれているわけではないので、天上界という言葉自体が誤りです。正しくは……」
「ちょ、ちょっと待って。もう、頭ぱんぱんだよ」

 ターニャの口調は、まるで教本に敷き詰められた文字のようで、エルスは頭を抱える。ただでさえ急な出来事が起こりすぎて整理がつかない。

「申し訳ありません。私達の都合に、貴方を巻き込んでしまいましたよね」
「いいんだけどさ。だって、疲れてるけど、今楽しいから」

 エルスがそう言うと、ターニャは安心して微笑んだ。そんな二人の和やかな空気を裂くように、ユシライヤが発する。

「それでも、少なくとも城の中よりは危険である事には変わりないんですけどね。さあ、急ぎましょう」

 彼女は二人が立ち上がるのを待たずに、自らを先頭にそそくさと先へ進んでいってしまう。エルスは後を付いていこうとして、後方で立ち止まり俯くターニャに気付いた。

「私はやはり彼女に嫌われていますね。信用されるには、どうしたら良いのでしょう」

 この森をさ迷う間、ユシライヤとは一度も視線が合わない事に、彼女は憂いを感じていた。

「嫌いとか、そんなんじゃないよ。どうしたらいいか、ユシャにもわからないだけだと思う。最初は僕にもこんな感じだったよ」
「そうなのですか?」
「あいつもきっとターニャを信じてくれるよ。だって僕がそう思うから」

 そう言うと、彼は数歩進んだ先でターニャを手招きする。
 たとえ彼の足跡をなぞるように付いていこうとも、今までまったく同じ道を歩いてきた訳ではない。だから、ターニャには彼の理屈を理解できなくて、少し羨ましくもあった。

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