quinto

 少女は今日、この船に呼ばれた。もて余す人間の余興の船だ。豪華絢爛な食事の最中に、彼女の歌を披露する事になっている。
 アンジェラだとか、シレーナだとか、形容する言葉はいつの時代も似通ったものだ。少女はそう呼ばれることに抵抗があった。歌うことは好きだが、人前でするのには恐縮してしまう。初めてのことなのだ。自分は一人悪目立ちするのではないか、と不安に思っていた。どんな人間がそこに集まっているのかがわからなければ、尚更のことである。

 天使の歌声を持つ少女、アルト。女の性としては珍しい発音。その名前を呼ばれて、少女は壇上に上がった。冷ややかな視線も向けられたが、少女は気にする様子は無い。
 ヴィオリーノの旋律に、彼女が乗せた歌声は、深海を思わせるような低音。年若き少女から奏でられる情感は、瞬間的に客の心を捕らえた。
 沸き上がる歓声に、少女は恥じらい、頭を下げた。そして、自らの生い立ちを語り始める。

「私は目が不自由です。生まれつきのようです。両親はそれが嫌だったのでしょう。人里離れた海岸沿いのアトリエに、私は捨てられました。私を拾って育ててくれたのは先生です。今はもうどこかへ行ってしまったけれど、先生はとても歌が上手な人でした。彼女のようになりたいと、私は先生の名前を名乗りました。それがアルトという名です」

 彼女が言い終えると、船上に、大きな波が押し寄せる。悪意に染まらない色の瞳には、何が映っただろうか。



ーFinー


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