「へえ!碇くんの家、雛人形が飾られてるんだ…!」 「そうそう。アスカがいるからだろうね。」 掃除の時間、とりとめない話をしていて、そういえば最近、家に雛人形がいるんだよ、と話してみたら思っていたよりも苗字さんはくいついてきた。 女の子だからこういう話好きなのかな? 「私ね、雛人形を実際に見たことがないんだ……あの、碇くんが、よければなんだけれど、……今日、おうち、遊びに行ってもいい……?」 正直どきりときた。 女子と二人っきりで部屋で遊ぶ、という事実と少し遠慮しながらもしっかりと目標を定められた感じの瞳に上目使いで見られているという現状に。 ドキドキ、と心臓が少しずつ早くなって、顔が赤くなっていくのがわかる。 ―落ち着け、別に変なことをするわけじゃないし、第一、苗字さんはクラスメイトだぞ…?! 「い、いいよ。」 「やった!ありがとう!あ、ももももちろん何かあったら手伝うよ!邪魔しないから!!」 「お客さんを手伝わせるなんて悪いよ」 せわしなく手を動かしている苗字さんをみて、なんだかドキドキで熱くなったわけではなく、心がふわっと温かくなった。 ・ ・ ・ 「……やっぱりこうなったか……」 わかっていたけれどね。こうなることは…。 今、この部屋にいるのは8人。アスカと委員長。アスカも委員長を家に誘っていたのが今日だったらしくタイミングが悪かった。 そして渚。渚はどこで噂を聞いたのかわからないけれど、僕も行くと言い出し、その話が聞こえていた綾波も興味津々にこちらを見ていたので誘ってみたら首を縦にふった。 さらにはトウジやケンスケも来て、なんか、ごった煮状態の部屋になった。 「酸素が薄い……」 「ご、ごめんねっ!なるべく息吸わないようにするね…!」 「いや、苗字さんのせいじゃないよ……」 「なぁに女子いじめてんのよ!シンジ!アンタは今日の晩御飯の準備しときなさいよ! 女子はこっちね。こっちにひな壇があるのよ。」 女子、と言わずトウジやケンスケや渚まで別の部屋に行ってしまって僕はぽつんと一人取り残されてしまった。 一人を除いて。苗字さんが居心地が悪そうに目線を左下右下とせわしなく動かしている。 苗字さんって、なんか小動物みたいだなぁ…… 「苗字さんは、行かないの?せっかく見に来たんだし」 「え、えと、私、お手伝いする約束だったし、お雛様を見るのはあとでもできるかなって。だから先に碇くんのお手伝いさせてほしいなって」 毎回この子のことを真面目だと感じてしまう。 不快にならない真面目さ。好意に思えるってこういうことを言うんだろうな。 「じゃあ、ちょっとお願いしようかな。今日はちらし寿司にしようと思ってたんだ。 あ、そうだよかったら苗字さんも食べていかない?」 「え?!いいの?!碇くんの御飯おいしいから……あ、じゃあちょっとお父さんに連絡とるね。…………もしもし、おかあさん?お父さんは?そう…、あ、私今日友達の家で……」 ごそごそと用意をして聞き耳を立ててみる。 よかった、大丈夫そうだ。終わりまで聞いていると「碇くん」と呼ばれ、顔を上げると ふにゃっと笑いながら大丈夫だったよ、と告げられた。 「良かったよ、じゃあ邪魔が入らないうちにちゃっちゃとしようか」 「邪魔って渚くんとか?邪魔するかな?」 「本人は無意識なんだよ……、あれはなに?だの、これはどんな意味?と「シンジくん、この四角のモチどうやって切ったの?作ったの?これそもそもなんて名前なんだい?」……渚、それは菱餅、あとは自分で調べろ……。」 いったそばからこれかよ。 ひょっこり顔を出した渚を軽くあしらってちらし寿司の準備をする。 「菱餅ってなんで3色あると思う?」 「え、さっきの渚くんの話題?えっと、何か意味があったよね……長生きだっけ?食べ物に困らないようにだっけ?」 「あはは、惜しい、それはちらし寿司の方だね。菱餅の桃色は生命、白色は雪の大地、緑色は春の木々の芽吹きをあらわしてて、 三色を食べる事で、大自然の生命力を授かり、健やかに育つという意味が込められている、だってさ。 僕もさっき調べたんだ。あ、これ皮をむいてほしいな」 「じゃあ餅もたべなきゃだよね!ひなあられも、ちらし寿司も食べて……太りそうなイベントだよね、おそるべし、だよ……!」 ぐっとレンコンを握り締める苗字さん。 無意識に握り締めたらしく、これ包丁を先に握らせなくてよかった…… 「ちなみに桃のゼリーもあるよ?」 「うう!悪魔のささやきが…!」 なんとなく、苗字さんって真面目だからとっつきにくいのかなって 勝手なイメージを持っていたけれど、こうやってちゃんと話してみると 話しやすくて自分をしっかり持ってる子なんだな。 今回、誘ってよかったって思えたよ。こんなに苗字さんのことが知れたし。 「と、ところでレンコンってどうやって皮をむくの…?なんだか真っ黒だけれど。」 「ああ!泥がついたまま皮を剥かないで…っ!」 今度は、料理をゆっくり教えてね、と彼女が帰る時に照れくさそうに笑っていた。 back to top |