背中に張り付くシャツ。
不快で気持ち悪くシャツを持ち上げて、背中とシャツの間に空気を入れる。
木陰には私ひとり。

遠くではセミの鳴き声がしている。

セミとは反対側の方から彼が歩いてくるのが見えた。

この暑さなど気にしていないのかポケットに手を突っ込んでゆったり歩いている人が見える。
学校に行く道なはずなのに何故か手ぶらな彼。
名前さえしらないけれど、学校のある日は彼はこの道を通る。

私は彼が私の目の前を通る時にそっと目を閉じて彼の存在を気配だけで感じる。
通り過ぎる際にふわっと香る匂いも好きだ。
多分、洋服についた洗剤の匂いかもしれないけれど。

彼が通り過ぎたあとにゆっくり目を開けて彼がきた方向にある学校へと向う。


これが私の日課になっている。
実は彼とは話したこともない。所謂一目惚れ。
学校も違う彼の情報は一切ない。

すれ違えるだけで胸が高鳴る。
彼の纏う不思議な雰囲気も好き。
どんな声をしているんだろう、どんな風に笑うんだろう。
名前はなんと言うんだろう。

そんな妄想ばかりしていたら夢中になっていた。
放課後は時間が合わないらしく会えたことが一度もない。
なので朝7時40分が私の一方的な待ち合わせ時間。
……ちょっとストーカーっぽいけれど……。


次の日も彼が来た。
私の前を通る。いつもどおり目を閉じる。


……あれ?通り過ぎない?

ふと気になって目を開けて見たら一歩二歩離れた所に彼が私の方を見て止まっていた。
驚いて少し声をあげてしまったけれど彼は気にしていないようだ。


「ねェ。」


どうやら彼は私に声をかけているらしい。
キョロキョロと周りを見てもこんな暑い中佇んでいるのは私だけだった。


「君ってさ、林檎が落ちてくるの待ってるの?」

「へ?」


林檎?これ林檎の木だっけ?
そもそも確か林檎って室内かなにかで栽培されていたような……。
昔は野外で育てていたらしいけれど。
でも今の季節はずっと夏だし、この木も名前は知らないけれど林檎ではないはずだ。


「林檎って……?」

「そんな感じの顔してた。」


彼との初めての会話。話せるとは思ってなかったけれど……
まさか初めての会話が林檎だとは思わなかった。

私どんな顔してたんだろう。


「禁断の果実、わかる?」

「えっと……、聞いたことある……かな。」

「アダムとイブが口をつけた果実。場所によっては林檎だったり、いちじくだったり、トマトだったりするけれどね。」

「知恵の実……ですよね。」

「そう、それ。生命の樹と一緒に生えていた樹に実った果実。
君はしてはいけない、とか何かの枷をつけてそこに立ってるみたいだったから。」


ストーカー的なことをしてましたもんね、あなたに。
それに見ず知らずの人に恋してたし……。

言い当てられて少し恥ずかしくなる。しかも本人にそれがバレているという。


「その制服どこの学校の?」

「あっちの方に学校があるの知ってる?」

「ああ、あるね。そっちなんだ。だからいつもそっちに歩いていってたんだ。気になってたんだよね。」


しっかりバレてました!へ、変な子だと思っただろうなぁ。


「林檎、手に入れれるといいね。」

「あ、うん……じゃあ、名前、教えてもらっていい?」

「なんで?……まあ、いいけれど。カヲル。渚カヲル。そっちは?」

「苗字名前!友達になってもらえるかな!?」


彼、もとい渚くんに手を差し伸べた。
渚くんは少し驚いてた顔をしたけれど、すぐに手を握り返してくれた。

これから禁断の果実じゃなくてあなたを手に入れるために頑張ります!



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