「……、それは苗字サンから目が離せないからだよ。」


なんて言葉を聞いてから何日経ったのだろう。私はなんの返事もしないままに今この場にいる。
今、この場、というのは現在職業体験中なのだ。
結局私の職業体験は第一希望のところを落ち、更に第二希望まで外れてしまって今ケーキ屋さんに来ています。
すごく甘い香りにお腹がなりそうだけれど。

……もちろんこの場には渚くんは居ない。


「さあ、じゃあ今日もよろしくお願いします。」

「よろしくお願いします!」

「朝は昨日言ったとおり掃除からね。それが終わったら今日は一緒に店頭に立ってみようか?」

「え、ええ?!でも、私接客とかしたことなくて……大丈夫ですかね……。」

「大丈夫、大丈夫。最初は誰でも初めてなんだから。」


職業体験といっても、お手伝いしかしていない。
気構えていたけれど、教えてくれる人は優しいし、スタッフの人も少なくすぐに気まずい雰囲気はなくなっていった。

昨日は店頭の裏の部屋でケーキ箱を組み立てていた。
(ケーキ箱って出来上がった状態じゃないんだって初めて知った。)


「そういえば苗字さんって第壱中学校だったよね。」

「あ、はい。……?もしかして母校ですか?」

「いや、じゃなくて。第壱中学校の男子の制服だと思うんだけれど、美形な子が昨日ケーキ買いにきてね。それで誰か探してる感じだったから。」

「…………。それってアッシュグレーの髪の人ですか?」

「そうそう!え、何、彼氏?」

「ちちちちちがいます!!!」


にやにやと、それを隠す気が無いかのように口元に手を置く私担当のスタッフさん。
でも渚くんがなんでケーキを買いに来たんだろう。
というか私がここで職業体験をしているというのを知っているから、顔を見に来たってことだろうけれど。

そんな事を考えていると、からん、と音がなる。
ドアからお客さんが入ってきた時の音だと気づき、「いらっしゃいませ!」と声を上げながらドアの方を向く。

入ってきたのは案の定というか、なんというか。

「あ」と声をあげた渚くんだった。


「今日は居た。」

「昨日も居たからね?!……な、何か用だったの?」


掃除中だしどうしようとスタッフさんを見たけれど、先程のニヤニヤ顔のまま、どうぞと手を出している。
うう、でもこの前の件があるから避けてたんだよね、渚くんのこと……。


「こっちだったら逃げれないでしょ?」

「う、逃げてたわけじゃないんだけれど……。うん、ごめんね。」

「うん、許す。」

「軽いね?!」

「ここで許さないほど心は狭くないよ。それで一言言いに来たんだ。この前言った言葉なんだけれど、シンジくんに聞いてみたら勘違いするから止めろって怒られた。
その、こっちもごめん。君によく似た人が居て……その子を重ねててつい目で追ってしまってた。って事を言いたかった。」

「あ、そうなんだ……。」

「じゃあ、僕職業体験ネルフだから、本部にもどるね。頑張ってね。」

「う、うん……。」


渚くんはチーズケーキとモンブランを買っていき、入ってきたドアへ向かいカランと軽い鈴の音をたてて出て行った。


「えっと、そのこの場にいてごめんね?」

「え、いえいえ!こちらこそすみません……。」


掃除を止めていた手を動かしながら謝るとスタッフさんは気にしていないのかフリフリと手を振ってくれた。
……それでも心が晴れないのはなんでだろう。
そんなことより、さっき買っていた2つのケーキ誰と食べるのだろう。
ぐにゃぐにゃと胸の中を何かが探るような感覚に息が詰まりそうになる。


(……私、自分から避けたくせに、いざそんな気じゃなかったって言われて傷ついてる。……勝手なやつ。)


彼の一番になりたいなんて思ったことはないけれど、
それでも彼の隣の居心地は好きで、出来れば離れたくなかった。

……それは、恋とは違うなにか。





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