ひとしきり泣いたあと、ふるっと体が震えた。
……少し、寒い。
「ノースリーブでくるんじゃなかった……。」
そろそろ戻ろうかと思い後ろを振り向く。
…………あれ?
後ろは生い茂る木、草……奥は暗い暗闇。
「ちょっと、待って……、私、どこから来たっけ。」
確かまっすぐ走ってきたから多分、まっすぐいけば帰れるよね……?
なんて、簡単に考えていたけれど、数十分歩いてもみんながいる場所には辿り着かなかった。
遭難、まさか自分がなるなんて思ってなかった。
漫画じゃあるまいし、こんなところでひとりぼっちなんて。
「きっと漫画だったら誰かが助けてくれるはずだけれどね……。」
歩き疲れて、その場に体育座りで座り込む。
さっき泣いたせいか涙は出てこなかった。……お家に帰りたい。
「寒い……。」
虫の声しか聞こえない熱帯夜。そんな暑い夜なのに私の体の熱はどんどん冷たくなっていく。
汗が引いているのかもしれない。そういえば湯冷めって体の血管が広がって血流が良くなってるけれどその分、急激に血液が冷えるってやつだっけ……。
走ったりしたから今の私、そんな感じなんだろうな……。
――ガサ
草むらが動いた音がした。それと同時に虫の鳴く声も止まり、あたりは静寂となった。
……野犬、とかじゃないよね?
音がした方を見ているとチラッと明かりのようなものが見えた。
「人だ……っ!」
立ち上がり、明かりの見えた方に近づくと見知った人が見えた。
「綾波さん!」
「あ……、みつ、けた。」
彼女は私の声を聞くと、私の方へと顔を向ける。
けれど、なんだか様子がおかしい。元気がなく、顔も紅潮している。
まるで風邪をひいているような……。
駆け寄って額を触ってみる。
「綾波さん、凄い熱!」
「さっき、……何かに……。」
綾波さんは目線を足の方へと向ける。
暗くても見える……、彼女の白い足が赤く膨れ上がっていた。
「は、蜂にでも刺されたの?!すごく赤いよ!!ど、どうしよう!とりあえず皆のところにいかないと……!場所わかる?!」
「……そっち。」
「その足、痛そうだから乗って?おんぶする!」
「……ごめんなさい。」
「私こそ、ごめんなさい。」
きっと私を探してくれたときに刺されたんだ……。私のせい。
どうしよう、また泣きそう……。
綾波さんの体重が私の体にのしかかる。
熱を持っているのかすごく熱い。
急いでみんなのもとに戻らなきゃ。
……走ったり、少し疲れて歩いたりを繰り返していると前の方からライトで照らされた。
「名前、とファースト?」
ライトのせいで顔が見れないけれど、知っている声が確かに聞こえた。
「カヲ、ルく、……!綾波さんが……ッ!足を、蜂に……」
「……見せて。」
すぐに異常だと気づいてくれたのか、駆け寄って綾波さんの足を見る。
赤くなった足をまじまじと見ると変わるよ、と言ってくれた。
女子の力では限界があって、しかも恐怖と自分に対する苛立ちからなのか体の震えが止まらなかったから助かった。
綾波さんをゆっくり下ろすとすぐにカヲルくんは彼女を背負った。
「あと、これ。」
「え……。」
彼女を片手で支えて、片手でTシャツの上着で着ていた白のシャツを私の方へと差し出している。
とりあえず受け取る。それと同時に歩きだす。
「ノースリーブ寒そう。」
「え、あ、……うん、ありがとう……着ていいの?」
「そのために渡したんだよ。」
「……じゃあ有り難く、着させていただきます。」
「あと、ムカデ、気をつけてね。」
「ムカデ?」
「そ、ファーストが刺された、というか噛まれたのはムカデだと思う。」
ムカデに噛まれるとこんな高熱出たりするのだろうか……、
綾波さんをみると、苦しいのか顔を少し歪ませている。
「肌が白かったからくっきりしてたけれど、2つ斑点みたいなのがあってさ。蜂は夜行性じゃないけれど、ムカデは夜行性。噛まれたら熱が出るのは……稀だった気がするけれどなァ……。」
「ど、どうすればいいの……?」
「とりあえずは2度目、噛まれるのを阻止しないといけないね。蜂と同じでアナフィラキシーショックがあるらしいし。あとは皆のところ行ってからだね。もうすぐだよ。」
「そ、そっか……私ムカデいないか足元見ておく……!」
「……あのさ、寒いのならひっつけば?寒さじゃなくてもそんなに離れてたら足元にムカデ現れても踏んじゃって噛まれるよ?」
ひっと小さく声をあげてしまった。なんて事をいうの……!
寒さもあるけれど、いろんなことがあって震えが止まらなかったので
お言葉に甘えてカヲルくんに寄り添う。……触れた腕があったかい。
「ほら、見えてきた。……そういえば、名前。」
「え、何?」
「今日話そうとしてたこと、後日話すよ。」
「……うん、了解。」
そして、キャンプ場につくと綾波さんは熱湯を足にかけられた。
これが結構良かったらしく少し顔色が落ち着いてきた。
ミサトさんは私を怒ったあと、綾波さんをネルフの施設の医療室に車で送っていった。
「……で、アンタは大丈夫だったわけ?」
「うん、ごめんなさい……。」
「嘘つき。目、かなり腫れてるわよ?」
「ごめんなさい……。」
アスカちゃんが気遣ってくれてるのは、痛いほどわかったけれど、出来れば、触れてほしくなかった。今言われると涙が止まらなくなりそうで。
「私、カヲルくんに上着返してくる。」
「遠くにいっちゃダメよ?」
「はい……。」
カヲルくんの方にいくと私にすぐ気づいたのかこちらを向く。
彼は私の顔を見ると首をかしげた。
「どうしたの?」
「上着を……。」
「違う、そっちじゃなくて。」
とんとん、と人差し指で自分の目を叩く。
……目の腫れ具合をいっているのかな?……カヲルくんも見つけるの早いなぁ。
それとも私の目、そんなに腫れてる?
「なんでも、ないよ。」
「ファーストさ、名前の気にすることじゃないと思うよ。」
「……そんな。」
「彼女は君を心配して勝手に探しにいったんだ。そしてああなったんだ。別に君のせいじゃないと思うけれど。」
「それは違う……、私が泣かなければ、遠くに行かなければ、私がもっと大人だったら……!」
相田くんから逃げ出すこともなかった。
綾波さんが怪我することもなかった。
カヲルくんが探すこともなかった。
皆が心配することもなかった。
「だからさ、泣くな、って言わないからさ、もう少し近くで泣いたら?」
気づいたらカヲルくんの片方の腕が私の頭を抱え込んでいた。
一瞬気づかず、彼の白く細い首筋が目の前にあるとわかったら抱きしめられているという事に気づいた。
「カヲ…っ」
「もう少し、安心できる場所にいてよ。子どもでいいし、泣いてもいいからさ。いなくなって心配した、ドキドキした、少し不安になった。」
私の頭に彼の顔がぽすんと乗った。
今、彼がどんな顔をしているかわからない。
「……うん。」
小さく頷くと、彼が小さく笑った気がした。
29