そうだ……
おかあさんが言ってた、今日は予定があるから今日は帰れないかもしれないって。
お父さんが言ってた、今日は仕事が立て込んでて、遅くなるかもって。
遅くなって電車じゃ帰れなくなるかもって。
「私、……ホントなんで今日にしたの……」
膝から崩れ落ちそうになって、なんとか踏ん張る。
カヲルくんはあと大雑把に見積もって20分くらいは時間がかかると思う。
晩御飯どうしよう……、食べるかな……。
部屋を覗いてみるけれど、とてもじゃないけれど20分じゃどうにもできない。
どうせ誰もいないし、リビングでしよう……。
冷蔵庫を見てみるとおかあさんが晩御飯をお父さんの分と私の分を用意しているみたいで
その分の料理の量はあった。
うう……、男子と密室でふたりっきりなんて……
カヲルくんとは色んなところでふたりっきりなんて事もあったけれど、
こんなホントに人も来ないようなところは初めてで……
「って、物思いに浸ってる場合じゃないよね…っ!お菓子とお茶…えっとあと、テーブル拭いて……」
なんてやっていたら携帯のバイブがなっていたことに気づく。
慌てて取ると相手はお父さんだった。
「あ、なんだ、お父さんか……、あ、ううんごめんごめん。…………え、きょ、今日帰ってこないの?うん、一人で大丈夫だよ。一日くらいだもん。大丈夫!」
切ると同時にため息をついてしまった。何に対してのため息だったのか……
手の中にあった携帯が突然震えだし、心臓がビクンと跳ねる。
ディスプレイには『渚カヲル』の文字が。
「あ、か、カヲルくん?今どこら辺?」
そして、彼を迎えに行き、初めて男子を家に迎え入れた。
カヲルくんは珍しそうに、そして少し嬉しそうにキョロキョロとあたりを見渡している。
特別、面白いものは置いていないけれど…リビングだし。
でも少し上機嫌な彼に私まで楽しくなった。
「こういう時ってお土産を持っていった方がいいってシンジくんに聞いたんだけれど、これでよかった?」
「わ、ありがとう。後で一緒にたべようね?」
「うん。」
彼は持ってきたカバンの中から筆記具とノートを取り出した。
私も自分の部屋から教科書とノートと筆記具を持ってきた。
「あ、そのシャーペン……」
「う、うん……、カヲルくんからもらったもの。学校だと壊れちゃったり落としちゃったりすることが多いから家で使おうかなって思ってて。」
「そっか、学校で使ってないから使わないものだったかな、と不安になってたからよかった。」
「そんな……!家では重宝しています」
なんて拝むようにシャーペンを机に置いて目を閉じて両手を合わせていたら
吹き出した音がした。片目を開けて確認をしたらカヲルくんが笑った音だった。
距離なんか、気にしなくてもいいんだな……って思えるような笑顔。
「距離?」
「…………へ?!声に出てた?!」
「うん、なんか距離がボソボソって。何の…………、ああ、なるほどね」
察しのいいカヲルくんだった。
私が気にしていたことがすぐにバレてしまった。
そんな『普通の友達の距離じゃ嫌』なんて駄々っ子のような事を知られて恥ずかしくなる。
カヲルくんもカヲルくんで、そういう事をしていたという事実を私にバレたということが気まずいのか頬を掻いている。
いたたまれなくなってシャーペンを握ってノートへと向う。
「あのさ、」
「う、うん……」
「僕は名前に近づきすぎた?」
「……そんな、事ないよ……どちらかというと嬉しい、かな。……おかあさんもお父さんも私の、なんていうか、パーソナルスペース?がわからないみたいで、私避けられちゃうんだよね。」
だから、私、他人との距離、気になるのかな。でもそんなの普通だよね。
仲の良い人は近くにいてほしいし、友達が離れたら、悲しい。
「だから、気に、しないでほしいな。私は、カヲルくんとの距離は近いほうが、好き」
私のシャーペンを握っている手をカヲルくんが包み込んだ。
カヲルくんの方を振り向くと、嬉しいような、私にすがるような
そんな顔をしていた。
「触った、今、名前に触った。……君に触れた僕を嫌わない?友達でいてくれる……?」
「当たり前だよ、カヲルくん」
友達が離れることって、すごく辛いこと。
べったりとくっつかず、嫌われたくなんてないから、離れて。
難しいよね、友達って。
「あは、……よかった。シンジくんは嘘ばかり教えるんだから……」
「いや…、嘘ではないだろうけれど……適度な距離って難しいからね……」
あのあと聞いた話、どこに行くにも犬のようについてきてトイレまでにも興味でついて来そうになったカヲルくんに怒ってあんな事を言ったそうだ。
碇くんのパーソナルスペースはすごく広そう……。
「と、ところで手はいつ離すのかな……、えっと、お勉強できないよ?」
「あは、ごめんごめん。」
パッと降参のようなポーズをとったあと、またキョロキョロとあたりを見回す。
どうしたんだろう、と見つめていたら時計で視線を止めた。
「もうこんな時間だけれど、名前の両親は帰ってこないの?」
「あ、今日、私一人きりなんだ。」
「ふーん、寂しくないの?泊まろうか?」
「少し寂し…………………………」
「あれ?おーい?もしもし?」
固まった私の前に手を左右に揺らす。
待って、待って待って。なんて言われたんでしょう。
泊まる?こんなふたりっきりで?男子と女子が同じ屋根の下で?
「だ、だ」
「僕、友達の家って初めてきたんだよね。泊まってみたいとも思ってたし。あれだろう?友達関係だと泊まりあったりするんだろう?」
ダメ、という言葉をカヲルくんの言葉でかぶせられ、飲み込む。
うう、私にはこのキラキラした目を裏切れない……。
なんだか犬みたいな、そんな感じの瞳をしてるんだもの……。
御飯はお父さんの分もあるし、カヲルくんは……
私みたいなのには興味ないだろうし。
じゃあ、いいのかな……両親に言わなければ……
どうせ二人ともお昼すぎたあとにしか帰らないし、その前には私たちは学校だし。
「あ、やましいこととかはしないよ?」
「当たり前だよ……っ!」
そうしてカヲルくんは一日私の家に泊まることとなった。
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