育成計画 | ナノ
今日で最終日の職場体験。
2日だけっていうのはうちの学校だけみたい。他の学校は4日くらいあるらしい。

なんだかもったいない気がするけれど、4日もこのテンションで
遊んでいたらきっと、体はかなり疲労するんだろうな。
と苦笑いしながら階段を昇る。

渚くんは既にきているだろうか
着替えてないかな?ノックしてはいろう。



そんな事、色々と考えていたら

足を踏み外し、重心が後ろにぐらりと揺れる



―あれ、私、もしかして落ちる?

伸ばす腕も周りの景色もゆっくりと過ぎていく。
落ちる、とわかった瞬間、鈍い痛みと、温かみが体にひろがった。



「……った、なにやってンのさ、名前…、センセ。」

「な、渚くん?!あ、私落ちて、ごめ…!」

「そういうときは謝罪じゃなくて御礼だろう…?怪我は?大丈夫?」

「だ、大丈夫!ありがとう……」


胸を押さえると心臓がバクバクと力強く音を立てている。
渚くんがいなかったらシャレにならないことになってたと思う。


「……そういう影響が出てくるのか…」

「え…?何かいった?」


起き上がり、渚くんから離れようとすると彼は渋い顔をした。
影響?って聞こえたような気がするけれど……


「なんでもない。そこ、ぶつけたの?さすってるけれど…」

「あれ、私無意識にさわってた…。ううん!大丈夫だよ!」


パッとふくらはぎから手を離すとガッツポーズをとり、元気なポーズをとる。
実際にそこまで痛くないし、心配もかけたくない。

そんな感じで返すと、渚くんが立ち上がり手を差し伸べた。

初めてさわる渚くんの手にドギマギしながら手をとり、立ち上がらせてくれた。


「君はしっかりしてるけれど、そういう災いってものは常に隣にあるんだよ。君は特別密着してるって言っても過言じゃないくらいにね。
僕の関与によって、そうなってしまったから僕も注視はしておくけれど、自分の身は自分で守るんだよ?」

「?…よくはわからないけれど、気をつけろってことだね!」

「まァ、そんなとこ。さ、突っ立ってないで早くいこ?」

「うん、そうだね…!」


そういえば、一番最初会ったときは手じゃなくて腕をつかまれてたなって思い返す。
こういうところで彼と少し距離が近づいてるんだな、と感じる。

そして、幼稚園も2日目が始まり、2日目までもあの男の子に
胸をつかまれてしまい、渚くんが「やっぱり」って言っていた。

―断じて違うからね?

今日でお別れということを園児たちに伝えるとすごく残念がられた。
「えええ」と不満そうな声を私に貰っていると思うとなんだか泣きそうになってくる。
私ここにして良かったな……

お昼も渚くんに断り、年中組さんと一緒に食べた。

どんどんと時間が過ぎて、皆が楽しく遊んでる姿を見れるのもこれが最後かなと思うと
少し、じんわりとしてくる。


「せんせ?おあしどうしたの?クレヨンでも落としたの?」

「足……?うわ、すごく青くなってる…っ!」

「あお?むらさきじゃないの?」


指で押しそうになっている場所を見てみると、朝階段でぶつけたところが
なんだか膨らんでいるように見えるし、どくどくしい紫色に染まってる。

自覚してしまうと人間はそこが「異常」と感じてしまい、
ズキ、ズキ、と鈍い痛みが広がってくる。


「せんせ、いたいいたい?せんせー呼んでくる?」

「う、うん、いいかな?先生呼んできて…?」


わかった!と元気よく返事をして走っていくのを見送って座り込む。
体育座りが一番楽かもしれない…。
朝はなんともなかったのに、お昼すぎてこんなことになるなんて……

最悪、折れてるかもしれない、なんて悪いイメージを考えてしまって
さっきまで我慢してた涙がこぼれそうになる。

もう、誰にも、迷惑はかけたくない…!


「大丈夫?」


園児に心配され囲まれていた私。その園児をかきわけて助けに来てくれたのは
渚くんでした。


「せんせ、このせんせ、いたいいたい」

「うん、知ってる。大丈夫。」


渚くんは子供のなで方の力加減がわからなかったのか、少し力強く
わしわしと撫でたあとに、私の横に周りこみしゃがみこむ。


「ぅわ!え!?ちょっと!渚くん!私重いよ?!」

「そういうこと言ってる場合じゃないだろう?いいから黙って掴まってたら?」

「でも、これって所謂……」

「おひめさまのだっこ!」

「そんな名称なの?このだっこの仕方。」

そう、今、声が上がったとおり、彼にお姫様だっこをしてもらってます。
しかも渚くんはこのだっこの名前を初めて知ったみたいで…。


「足、すごいことになってるね。今朝のところと一緒だよね。」

「うん、……まさかこんなに痛くなるとは思わなかった……」


他の先生に事情を話して、職員室につれていってもらった。
保健室がないらしく、職員室に包帯とか消毒液が揃っている。

渚くんは私をおろすと低い椅子を持ってきてくれた。


「渚くん、手当私がしようか?」

「いえ、大丈夫です。彼女の手当は僕がします」

「い、いえ、自分でします…!」


とは言ったものの今痛みで立てず、この足に何がきくのかよくわからないけれど…

渚くんの手には湿布が握られていた。
あれ?打撲には湿布だっけ…?


「本来なら氷とかで冷やした方がいいんだけれど、随分時間が経ってるからね。そこまで熱も持ってないみたいだし。色も腫れも酷くはないから、骨折はないだろうね。」

「渚くんって博学だね……それになんでもできちゃうよね。ピアノとかもひけるって碇くんにきいたことあるよ」

「さわりだけね。打ったところは触らないこと。でも別の場所はマッサージすると血流がよくなって青あざの引きが早いよ。立てる?」


足に綺麗に湿布を貼ってもらい、とれないようにテープで巻いてもらった。
立てるかと聞かれたのでグッと力をいれ立ち上がってみる。

うん、痛いけれど、立てる。


「後で、湿布替えるからその時に異常がなければ病院には行かなくていいんじゃないかな?」

「ホント?よかった……ってまだ安心しちゃダメだね!ありがとう、渚くん。先生もすみませんでした…。」

「いいのよ。そんな事より渚くん、ホント、あなたみたいな人欲しいわぁ…。」

「あは、冗談を。じゃあ僕らは戻ります」

「ちぇ、残念。」


渚くんがドアに向かっていったので私もなるべく急いでドアへと向う。

あの先生、渚くんをロックオンしてた先生だ……
でも、…相手は中学生ですよ…?


その後は、特に問題をおこすこともなく、また遊びにくるという約束をし
園児とお別れをした。
先生達にも挨拶をして、私たちの職場体験は終わった。

帰りは向う方が一緒だったため、渚くんと一緒に帰った。


「渚くんって色々できるけれど、何かすごく得意っていうものあるの?」

「あるよ。」

「え?!なになに?教えて?」

「猫の鳴き声」


―一瞬、フリーズを起こしてしまった。
渚くんが、猫の真似?……可愛い…。


「ふっ、冗談だよ」

「え?うう…からかわれてしまった……」


彼の横顔は、いつもよりずっと大人びた微笑みをうかべていて
私の心は意図せずにドクンと跳ねてしまうのでした。





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