「はい、じゃあスポーツテストの説明をします。女子は握力から、男子はハンドボールからで……」
隙を伺っては渚くんを見てはみるけれど、やっぱり大きな声だして笑ったりする場面には遭遇しなかった。
そもそも、彼がまとっている空気は転校してきたあの日から変わらず、
人を寄せ付けないような空気をまとってるんだ。
だからあの歓迎会もあったようでなかったものになってる。
この教室には色んな人がいる。すっごい辛い過去をもっててふさぎこんでいる人もいれば
お母さんがなくなって間もないのに明るく元気に過ごしてる人もいる。
「じゃあこの日程で明日のスポーツテストがあるから。委員長号令」
「はい。起立、礼」
「ありがとうございました」
号令とともにバラバラと散る中、何故か渚くんがこちらを目指して歩いてきた。
誰か近くに用事のある人がいるのかな?
ぼぅと見つめていると「苗字サン」と私の名前を呼ばれた。
「へ?わ、私?!」
「うん、そう。というか僕に用なの?ずっと視線送ってたでしょ?」
えええ?!ばばばばばれてる!
「え、えっと…」
「周りの女子は好奇の目で見てくるけれど、君の視線はどこか戸惑いや不安みたいな感じだったから。違う?」
「ち、違わないけれど…なんでわかったの?私が見てるって。格闘技とか習ってるの…?」
「そうだね、ムエタイと合気道と空手とか」
「そんなに?!すごいね、渚くん!!」
「あは、冗談だよ」
「じょ、冗談なんだ…」
―あれ、初めて冗談とか言われた。
というか渚くんも冗談とか言う人なんだね。
「ところで僕に何か言いたかったの?随分長いあいだ僕の事見てたけれど、苗字さんはアクションおこさないし。きっかけが必要だろうから僕から話しかけたんだけれど」
「そんなに気を遣わせてごめんなさい…ね、渚くん、渚くんは生きてて幸せ?」
以前彼に問われた言葉を私も返してみる。
渚くんは少し固まったあと、へらっと笑い
「幸せって僕にはわからないや」
といった。
渚くんにはなんか色々教えてあげたい。
世界はこんなに綺麗なもので溢れてキラキラしてるんだよ。
辛いこととか人に言えないことたくさんあるけれど
あなたが幸せであることを願う人はたくさんいるんだよ。
「なんか悲しい顔してる」
あと10cmも前にいけば唇が合わさってしまうくらいの距離で覗き込まれてしまい
驚きのあまり小さい叫び声をあげて後ろに首を反らしたら
ぐきりという音と痛みがはしった。
「なんでそんなに驚いてんの?」
「いたた…お、驚くよ…!誰でも驚くよ!きききき、キスしそうな距離だったじゃん……!」
「しないよ?」
「したらもっとびっくりしてたよ!!」
うう、クラスメイトの女子の視線が痛い……
「だ、だって渚くんが悲しいこというから……」
「どの言葉?」
「幸せがわからないって。いっぱいあるよ。友達と一緒にいることとか…、家族とご飯を一緒に食べることとか…」
「どうしてそれが幸せと言えるんだい?」
「だって、皆近くにいて、平和で暮らせてるんだよ?それって幸せっていえないの…?」
彼はポケットに手を入れ込むと不思議そうに首をかしげていた。
渚くんはいつもどんな風に思ってるの?どんなことを思ってきたの…?
「やっぱりわかんないや。あ、そうだ。いい機会だしさ」
また少し悲しくなってきていたら渚くんからとんでもない発言を私にいただいた。
「色々君にとっての幸せを僕にこれから教えてよ。この前のほの字の時みたいにさ。」
―この言葉を聞いた私は次の授業の時間までフリーズしていた。
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