きぃ、きぃ、とブランコの揺れる音がする。数人の子どもたちが鬼ごっこでもしているのか辺りを走り回っていて、きゃっきゃっと声をあげている。燃えるようなオレンジが目に眩しい。眩しくて、でもなにか物悲しい。
 俺はその風景をまるでずいぶん前から見ていたように見ていた。子どもと、カラスと、オレンジ。それをただひたすらに見つめて、何も考えてなかった。何も考えていなくて、ここはどこなのかと、当たり前の疑問を思い浮かべたとき、ここにきてどのくらいたっていたのか分からない。それこそ何時間という単位だったのかもしれないし、もしかしたら長く見つめていたというのはきのせいでほんの数十秒だったのかもしれない。
 頭の中に疑問がもたらされてきたところで、俺はずっと固定してあった視線を初めて余所へ移した。きょろきょろと見渡すつもりだった。だが、辺りをしっかりと確認する前に、俺は気付いてしまった。
 自分の座っている隣に、人が座っていることに。そして、ぼんやりと夕日を見つめているその人が俺の知っている人物だったことに。
「はなみや、」
 驚いて思わず俺が呟くと、ぼんやりと夕日を眺めていたその人物が反応して、こっちを向いた。そして俺を見た瞬間に、鳩が豆鉄砲を食ったような、とでも表現すればいいのだろうか、目を丸くさせて、口を半開きにさせた。でもそれはほんの一、二秒のことで、すぐにいつもの不機嫌そうな顔に戻ったが。
 俺は、その不機嫌そうな花宮に尋ねた。
「ここは?」
「…しらね、」
 そうとだけ言うと花宮は再び顔を前に向けてしまった。俺もそれに顔を前に向けた。夕陽が眩しかった。
「お前、いつからいたの?」
「さぁ?わからん。花宮は?」
「俺もしらねえよ」
 そんな風にここに来る前どこにいただとか、何をしていただとかをお互いつっけんどんに話した。でも、お互いにあまり覚えていなかった。
 そして、唐突に、花宮は言った。
「ここは、俺の妄想の世界なのかも知れない。それとももしかしたら、お前の妄想の世界なのかも知れない。どうにしても、ここが本当の世界じゃないことは確かだ。もしなにか言っても、現実の俺はそんなことを思っていないかもしれないし、そもそも、お前が作り出した、勝手な俺かもしれないんだからな。」
 それは俺に言うというよりは、自分に言い聞かせる様な調子だった。でも、そのときはそんな調子だったことはまるで無視して、暮れていく夕日を見ながら、ああそれもそうかもしれない、とぼんやり思った。
 だって、ここはどこなのか、さっぱりわからないから。こんな公園を俺は全く知らないし、それどころかどうやって来たのかさえもわからない。それなのに、ここを現実だと思えという方が無茶な話だ。
 妄想か、俺はどちらかというと夢だと思うが。そう言おうとした瞬間に、花宮は急に立ち上がって俺に向き合った。自分に当たっていた夕日が花宮によって遮られる。
「おまえ、」
 花宮はそこで軽く唇を噛んで、少し俯いた。夕日を後ろにしてたっているせいで、花宮が暗い。突然暗くなったことに目が慣れないせいで、表情が見えずらい。
 花宮が、ぼそりと呟く様にいった。
「わる、かった。」
 ぎょっとした。あまりの異常事態に頭がじんわりと痺れたようになっていた。
 だから、何にも考えずにただまじまじと花宮を見つめた。まだ慣れてなくて見えづらい中で、花宮が眉を八の字に下げ、ぐらぐらと瞳を揺らしているのをみた。どうみても、泣き出しそうだった。
 その泣き出しそうな花宮は言葉を続ける。
「ずっと、いいたかった、おまえのあし、げんかいちかそうだったから、このままだめになるよりか、ましだろうっておもって、ちょうど、いいって、おもって、」
 子供みたいな物言いをしながら、花宮はぐらぐらと瞳を揺らす。あのお得意の打ち消しは、待っても待っても続けられない。
「ほんとうに、わるかった、べつに、ゆるさなくて、いいから、でも、おれ、」
 いいたかった、といって花宮は一粒涙を零した。その一粒は一度きらりと光って、地面におちる。
 思わず息をのんだ。

 俺の知っている花宮は、こんな風に謝ったりなんてしない。俺に許されようだなんて、きっと思っていない。

「は、な、みや、」
 どうしたんだ、と言おうとして、唐突に納得した。
 なるほどここは言う通り、俺の妄想の世界なのかもしれない。ここにいるのは、花宮が許せない俺が作り出した、都合のいい花宮。そう考えるのが妥当なのだろう。
 ひとつ、息を吸い込んだ。
「いいんだ、いいんだよ、」
 俺は立ち上がって、そういいながら花宮を抱きしめた。花宮はその瞬間は体を少し強張らせたが、そのあと俺の服をぎゅっと掴んで、本格的に泣き出した。腕の中で花宮は泣きながら、ごめんなさいと繰り返している。
 俺が、花宮を許すためにこの世界を作り出したのなら、俺はこの世界のことを真実だと思おう。そして、許そう。その方が幸せなのだから。

 …ちゃんと、あったかいのになぁ。

 花宮の嗚咽と体温に、なぜ気付いてしまったのだろうと、それだけ思った。


 それから、俺はしばしばこの世界に来るようになった。そのうちにあのつくられた花宮にも慣れてきて、現実と妄想の区別が大分付かなくなってきた。現実の記憶が、妄想の記憶に上書きされているのだ。まだそれが分かっているからいいが、本当に忘れてしまったときが怖い。
 あの花宮を見ていると、なにか、守ってやりたいと思う。思い上がりかもしれないけど、俺がいなくなったらあのまま消えてしまうのでは無いかと思う。一人でも大丈夫だという様な顔をしながら、どこか縋る先を探している。俺を見つけたら、一瞬だけ安心した様な笑みを見せる。それが酷くいじらしくて、かわいそうで、放っておけなくて、守ってやりたい。…こういうのを庇護欲というのだろうか?
 その思いが暴走したのか、そうおもうだけでなく俺は花宮のことを好きになっていた。
 でも、当たり前なのだろう。
 だって、あの花宮は俺が作り出したのだから。自分好みになって当然なのだから。俺がこうだったらいいのになって思う、願望の塊みたいなものだから。…たぶん、恋愛感情を巻き込むくらいじゃないと、花宮をゆるせなかったんだ。
 口は悪いけど、俺が笑えば、邪気無く年相応に笑い返して、俺に心をゆるしていて、甘え下手で、傷つきやすくて、脆くて、少し幼い、俺の花宮。俺が望んだ、俺の。
 すこし、せつない。


 気がつくと、また目の前にあの風景が広がっていた。横を向くと今日は花宮のほうが先に俺を見ていて、目があった瞬間に、木吉、と俺をただ呼んだ。きらきらと瞳が夕日に煌めいて見える。
 その花宮をみて、唐突に思い付いた。
 そうだ、今日は、いつもと少し違う始まり方をしてみようか。
 どうせ、架空の世界なんだ。どんなに引っ掻き回したって、めちゃくちゃにしたって、本来なら憎むはずの相手を好きになったって、いい。現実の世界の明日は寸分違わず、いつも通り来るのだから。夢の中の話なんて、そんなことは誰にも分からない。

 …現実世界で本当に好きな人が出来たら、きっと、花宮に対するこの想いも、ひいてはこの世界も、消えてしまうのだろう。
 それまでは、このつくられた世界で、この花宮を愛そう。

 …その愛すらも、本物かわからないけれど。

「なぁ、花宮、」

俺、お前のこと好きだよ

 心の中の声を掻き消す様にそう言えば、花宮の鋭い目つきはまんまるくなって、驚きを表現する。その中の瞳に、少しだけ、驚き以外の感情が見えた様な気がした。悲しいような、つらいような。
 だけど、それはすぐに消えて、にこりと現実では考えられないほど幼く花宮が笑った。

「ああ、俺もだよ!」

 やっぱり、気のせい、だったのかもしれない。



prev next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -