時は流れ、一月。試合ではラフプレーを繰り返した結果、霧崎と試合をすると負傷者が出るという不穏な噂が流れだしたが、日常生活はとくに病院にお世話になることもなく、平穏だった。試合後に負傷者をだした試合の相手に絡まれることも無ければ、お礼参りをされることもなく。なにもなさすぎて逆に恐ろしいくらいだ。嵐の前の静けさ、でなければいいのだが。

「おはよう、花宮。」
「ん…はよ…」
 声を出すのも億劫、というよりはマフラーから顔をだしたくないようで、それに顔を埋めたまま花宮は声をだした。本当に出しただけで伝える気のない声は遮られてしまうのであまり聞こえない。
 相変わらずの花宮の様子にふっと笑って、その隣を歩いた。

 冬の花宮の服装は、とてももこもこしている。学校指定のコートに、見るからにふわふわしたマフラー。柔らかそうな手袋をつけている上に、みみあてまでもしている。
 この姿を初めてみたとき、原と山崎は「どこの雪国だよ!」といいながら爆笑して練習メニューを三倍にされていた。俺は爆笑する二人を尻目に暑そうだと思ったので「暑くないのか?」と聞いたら「暑いよ?」と即答された。その解答に面食らいつつ、ならば何故と問うと花宮は、肌触りが良いからだと答えた。いわく、ふわふわしたものの感触が面白いらしい。それを聞いて夏祭りでわたあめを買っていたのもそういうことだったのかと納得した。そうじゃなきゃ、花宮があんな甘いそうなもの買うわけがない。
 マフラーに顔の半分を埋める花宮は、はたから見るとすごく寒がっているように見えるのだろうが、本当はマフラーのふわふわした感触を楽しんでいるのだ。それを知っているのはあの時いた三人だけだと思うと、気分がいい。

「そうだ、花宮。これ、」
 やるよ、といって、バッグから探り当ててネコやクローバーの模様の描かれた茶色の紙袋を取り出して、花宮に渡した。花宮は緩慢な動きでそれを受け取る。
「なに?」
「マフラーだ。」
 俺がそういうと花宮は袋を開いて中を覗いた。
 中身は、灰色のマフラーだ。この前出かけたとき見掛けて、なんとなく花宮を思い出して、気付いたら買っていた。ちょっと自分が恐かった。
 じっと紙袋の中のマフラーを見つめている花宮に問う。
「いらない、か?」
 いらないなら俺が使うが、とつけたすと、花宮はマフラーから目を離して俺をみたあと、ぷいと目を逸らした。
「…貰ってやる」
 そう言い放つと、ぎゅっと袋を抱えて再び歩きだした。
 どうやらお気に召されたらしい。ホッとすると同時に買ってよかったと思いながら、自分も再び歩きだした。

[newpage]
 部室に忘れ物をしたのに気づいて、昼休みに取りに行った。別にそう必要というわけではなかったのだが、花宮が部室にいるようなのでついでに取りにいこうと思い立ったのだ。何のついでかはわからないが。
 使われていない部室棟はひっそりとしていて、少し寂しい。花宮がいるのなら何かしらの気配はするかと思っていたのだが、部室前に立っても、何の気配もしなかった。
 入れ違いになったか、と思いながら一応ドアノブを捻ると、予想に反してドアは開いた。驚きながら中を見ると、窓の側に置かれた机に誰かが伏せっていた。誰か、は考えなくたってわかった。わかったが、少し信じられなかった。信じられない気持ちでゆっくり近寄り側に立つと、やはり花宮がそうしていることがわかった。小さく寝息が聞こえる。みると首に灰色のマフラーをしていることがわかって、見覚えのあるそれに、なんだか気恥ずかしい気持ちになって視線をそらした。
 すると、眠る花宮の横においてあったファイルが目についた。
 そのまま何となくそれを手にとって開く。花宮の綺麗な文字が整然と並んでいた。どうやら試合記録のようで、試合の結果はもちろん相手選手の情報なども事細かに記述されている。やっていることはとても褒められたものじゃないのに律儀だなと思った。
 パラパラとそれをめくっていると、その中の一つが俺の目に留まった。

 誠凜 背番号7

 ぎょっとした。唐突に備考欄に出てきたからだ。最近のものだと備考欄に情報が書かれていないことのほうが珍しいのだが、しばらく消えていた中に出てくれば、いやでも目につく。その上に、その後のページの備考欄は真っ白である。
 その負傷者が出た試合は、IH予選決勝の試合のようだ。
 ぶわりと謎の汗が吹き出した。心臓がうるさい。
 霧崎第一がIH予選を敗退したことは、風の噂で聞いていた。それに、もし通過していたら俺につきっきりで練習することもできなかっただろう。だから、俺は勝手に思っていた。花宮の言う“仕事”は、俺達が揃うまで始められないのだろうと。俺達を揃えるために、わざと予選は敗退させたのだ、と。
 だが、この記録はどうだろう。誠凜、という高校の背番号7番のプレイヤーは試合中負傷し、退場している。
 俺がいなかったのはまあいい。だが、俺よりも先に入部していたはずの他三人も出場してはいないようだ。花宮だけは途中から出場したようだが、そこがどうにも引っ掛かる。
 どうして、途中から出て、最初からでなかったのか。おそらくこの頃にはもうバスケ部は花宮の手中にあったはずだ。だから、最初から出られた筈なのだ。勝つ気があったのなら最初からでたはずだし、もとより負ける気だったのなら、花宮が出る必要はない。この記録ではこのプレイヤーがいつ負傷したのかわからないが、もし、花宮が出たあとに負傷したのなら、事故という可能性はほとんどないだろう。
 一つの仮説が、頭の中でたてられる。

 花宮はこの、誠凜の7番を、故意に、仕事とは関係なく負傷させたのではないか。

 心が波立つ。花宮の行動を嫌悪しているのではない。するのだったら最初の説明の時点でしている。花宮が、何故、わざわざこの男を負傷させたのか。それがやけに俺の心を乱しているのだ。バスケ部に俺達の他に天使はいなかったはずだから、天使は使っていないのだろう。ならば攻撃してもあまり効果はないはずだ。
 そもそも、だ。そもそも、最初からおかしいとは思っていたのだ。わざわざバスケで人を傷つけることなど非効率すぎる。審判からばれないように指示をだし、天使を使い攻撃する。そんなまどろっこしいことしなくたって、そういう職業につくだとかすればもっと簡単に出来るはずだ。バスケに青春をかける奴らを壊すのも、頭を使うことも、花宮は本当に好きなのだろうが、それは後付けでもおかしくはない。
 一度疑ってしまえば、どんどんそれが広がっていく。花宮は一体何のためにバスケをしている?仕事のためか?それとも、この7番のためか?

 耐え切れなくなってファイルを閉じた。顔も名前も知らないその誰かのことを思うと、腹の中が掻き交ぜられるような気持ちの悪い感覚が起こる。目線を前に向ければ眠っている花宮がいて。
 その姿を見て、何故だか、胸の奥がチリッとして、憎い、と思った。ただ、この気持ちを形容する言葉を知らないだけなのかもしれないが、それが一番近いような気がした。憎いのは、花宮か、それとも誠凜の7番か。
 はっと、いつの間にかつめていた息を吐き、目を閉じる。

 わからない。なにも。

 ただ、もうそれについて考えたくなくて、そのまま部室をあとにした。


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