離れることは許さないぽた、と額から汗が落ちる。今は寒気溢れる冬だが、いくら冬とはいえ室内、ましてや身体をひたすらに動かせば汗もかくだろう。 一段落して息を吐き出せば、隣で涼太が倒れ込んでいた。このぐらいで疲れるのかい、なんて言ってやれば対抗心なのか 「全然余裕っスよ!」 なんて笑顔で返してくるものだから面白い。息も切れ切れだというのに。 シャツで拭っても零れる汗を見ていたら数日前、虹村主将に「御前も汗かくんだな」と言われたことを思い出した。僕だって人間だから汗くらいかきます、と返したが今思えば主将は僕のことを何だと思っていたのだろう。 流石に疲れたのだろう、真太郎も敦も肩を落としていた。自分でもかなりきついメニューを作ったと思う。…僕も疲れているのは秘密だが。 シャツの襟元を揺らして風を送り込みながら歩いていると何かにぶつかった。きっと人だろう、謝らなければ、と口を開くと聞き慣れた涼しい声が僕より先に聞こえた。 「――…赤司くん。」 僅かに驚いた表情…に見えなくもない微妙な表情で僕を見上げたのはさつきと同じ一軍のマネージャー、黒子テツナだった。 きっと真太郎や敦は表情の違いに気付かないだろうが、大抵一緒に居るさつきや大輝、涼太は気付いただろう。 何はともあれ僕がぶつかってしまったのはテツナだったらしい。 「嗚呼…すまない、少し周りを見ていなかった。」 僕がそう言ってテツナの前から退くと彼女は首を傾げて再び僕の前に来た。 遊びたいんだろうか、と考えながら再度退くとテツナはまた僕の前に来た。 いよいよ分からなくなって僕も首を傾げればテツナはタオルを差し出してきた。 「…何で退こうとするんですか?」 と僅かに不機嫌そうな顔で言われたものだから何故か申し訳なくなる。取り敢えず受け取っては 「僕が邪魔だったんじゃないのかい?」 と問いかければテツナは不思議そうな顔で小さく首を振った。 「赤司くんに用があったから、君の方へ向かったんですけど。」 いつもと変わらぬ表情で淡々と告げる彼女は何故そんな事を聞いたのか非常に不思議そうだった。 そうは言われてもいつ誰が誰に用があるなんて流石に分かりはしないだろう。なのに当然だとでも言わんばかりに告げるものだから思わず吹き出してしまった。 僕が吹き出したのが気に入らなかったのか彼女はその表情を僅かに曇らせた。 もう良いです、と拗ねた様に顔を背けたのを見て何だか子供みたいだ、なんて思ってしまった。きっと本人に言ったら唯では済まないんだろうな。 「はは、すまない。…でも有難う、仕事もさつきに任せきりだろう?行っておいで。」 と僕が言うと、少しは機嫌を直してくれたのか「はい」と頷いてさつきの元へ戻った。 見送ったあとで気付いたが帰りの約束を取り付けるのを忘れてしまった。 後でも良いか、と思い直して残り少しのメニューに取り掛かった。 ――――― 部活も終わり着替えて部室から出たところで再び誰かとぶつかった。またもや相手はテツナだった。 「御疲れ様です、赤司くん。今日はよくぶつかりますね?」 顔を上げたテツナは淡々と告げた。確かに今日はよく人とぶつかったと思う。…まあ、テツナとしかぶつかっていない訳だけど。 お陰で会いに行く手間が省けた。僕は早速その旨を伝えた。 「……奇遇ですね。私も丁度そのことを伝えようと思って赤司くんを探してたんです。」 そう言うとにこ、と小さく笑った彼女は帰りましょう、と言って僕の隣を陣取った。 本当にこういうところは敵わない。遠慮なく僕に話しかけてくるところも、ものともせず僕の隣を歩くことも、緊張もせず自然に接してくれるところも、きっと彼女にしか出来ないことだろう。 例え大輝や真太郎達でも、僅かだが一線引いているだろうから。 でもテツナからはそんな風に感じない。だけど僕はそれが非常に心地いい。きっと僕はずっとこういう人を探していたんだろう。 酷く愛おしく思えて僕はテツナの手を取った。 驚いた様に眼を瞬かせて僕を見る彼女は、驚いた様だけれど嫌そうではなかった。その表情を見て亦安堵する。 そのまま彼女の手を握れば、そっと握り返してきた。試しに手を離そうとすると途端に手を強く握られた。 首を傾げながらテツナを見れば涼しい顔で僕を見ていた。何なんだろう、ともう一度離そうとすると更に強い力で握ってくる。 「…如何したんだい?」 「離したくないだけです、私が。」 なんて言うものだから本当に敵わない。珍しく可愛い事を言う。…普段から可愛いんだけれども。僕は改めて手を握り返した。 「大丈夫、僕はテツナを離す気はないよ。寧ろ僕の隣から離れることは許さない」 |