「痛い?」


死者に痛みは感じるんでしょうか。私は今、痛を感じています。





     裸のひつじが寒いと泣いた





「おめー誰だ?」


しばらくして、仕方なく立ち上がった私は、まわりに人が居ることに気がついた。正確には、気がつかされた。

ここは、素直にわかること言ったほうが良さそうね。そう冷静に判断できる自身に寒気がしてくる。


「私は、○○よ。
ねぇ、私生きてるの?ベランダから飛び降りたはずなんだけど。しかも都会の真ん中でよ、海なんか見えないはずなのに。」


はっきりと感じられる塩臭さ。周りを見渡せば広がる、飲み込まれそうな青の世界。



「なんかわからねーが、おまえは生きてるな。それに海のど真ん中なんだ、海が見えて当たり前だろ。」


退屈そうに返す男に そう。と返事をしてもう一度周りを見てみると、どうやら私は船の上にいるようだ。どうしよう、さっき飛び降りたはずの私は今海のど真ん中で生きている。つまりは、非現実的な事が目の前で普通に起きてるということだ。一人納得した私は、下に向けていた目線をさきほど返答してくれた男に向けた。


「ねぇ、私信じられないけど一つ信じなくちゃならないみたいなの。そのおっかないもの一時置いて聞いてくれない?」


目線を向けた男はまっすぐ私の目を見、大きな太刀を持っている。
いつの間にか私の首にあてがわれていた男の大刀はひんやりと気持ちいいが、このまま死ぬなら死ぬだけど、まぁ理由無しに他人に殺られるなんて気分悪い。

男は怪訝そうな表情を浮かべつつも何の抵抗も見せない私を見て、ほんの少し太刀を首から遠ざけた。


「なんだ」
「そうね、何から話そうかしら。
ついさっき私は、コンクリートの地面に向かってベランダから飛び降りて死ぬはずだったの。なのに気づいたら生きて、しかも落ちた場所は木の床。まずここがおかしいでしょ。
それともう一つ、私が知ってる常識がいくつか否定されてるの。そこで動いているカタツムリの大きい奴や、後ろのシロクマなんて私の常識的にあり得ない。そして、こんな大きな刀の所持は認められていない。こんな堂々と屋外で人の首に当てられないわ。」
「つまりは…」
「異世界って言うの信じる?」


何人か後ろに居た男と大刀を持つ男は、異様なモノを見るように私を見た。そうよね、私だって馬鹿みたいな考えだと思う。こんな少しの手がかりから子供みたいな考えを引っ張り出してくるんて、本当に馬鹿みたい。
そんな私の馬鹿みたいな話を数分間悩んだ挙げ句、受け止めたのか、男は口を開いた。


「ほう…それがほんとなら面白いな。」
「面白くないわよ、私はこの状況が全く理解できないのだから。私がいっといて悪いのだけど私、異世界なんて理解できないモノ信じてないの。この状況が全く理解できないわ。」
「1つ言えることは、おまえは突然上から降ってきたってことだけだ。」


あぁ、全く理解しがたい。
いっそのこと、このまま海に身投てしまおうか。男の大刀で動脈を切ってもいい。気分はよくないがこのまま死んでも何の問題もないだろう。
だけど、こんなに見たこともない青い空、強制されることのない自由が目の前にあると思うと、なんだか…死のうと思うことが下らなく感じてきた。冷たい太刀をボーと眺める私に、男はにやりと笑い、



「まぁ、なんかの縁だ。海賊、やってみねーか?」


ととんでもないことを言い出した。聞き慣れたようで普段耳にすることのないその単語に私戸惑いつつ「海賊?」と聞き返した。
海賊は確かにいる。だが、こんな感じであっただろうか。どちらかというと本の中に出てくる海賊にこの男は近い気がする。自由に海を渡る海賊か、私の今までの人生と真逆ではないか。とても面白そう。


「ねぇ、それは自由?」
「あぁ」


面白いモノを拾ったという顔で、太刀を納める彼に向かい私は最後に1つお願いをしようとお思った。それはあまりにも私の立場からして口にするのがおかしいモノだ。


「自由なら何でもいい、海賊やってみたいわ。でも一つ約束して?」
「なんだ?」


ただ、居るだけじゃ何だか物足りない。今までと何も変わらないような気がしてきてしまう。


「要らなくなったら殺してね。」



その一言に、男はニヤリと笑った。私は言いながら、穏やかに笑った。





死の国への旅をキャンセルしたのは、裸の心が寒いと泣いていたのに、今は泣き止んでるから。
理由はそれだけよ。


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bkm
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