「三郎が帰ってきたの?」
私は、忍術学園に入学した1年の頃から好きな人がいた。
鉢屋三郎と言う名の彼は、成績優秀な上、変装を得意とし、委員会では後輩を引っ張る素敵な人だ。
私は、この5年間ずっと彼を見て来た。彼が、一ヶ月ほど前からいきなり行方不明になったときは、心臓が止まるかと思い、それからずっと早く帰ってくるように神様に祈り続けた。
そして、今日彼が帰ってきたと幼馴染みの雷蔵が教えてくれた。
「うん。それで頼みがあって…着物を貸してもらえないかな?」
鉢屋君の帰還を教えてくれた幼馴染みは、女物の着物を貸してくれと頼んできた…なぜかと聞くと、鉢屋君が女性を連れてきてその女は不思議な服を着ていると言うのだ。その服のままでは動きにくいから、私のを貸せと言う。
「私の気持ち知ってていってるの?」
ジトリと睨めば、君しかくのたまの知り合いがいないんだ…仕方ないだろうと返ってくる。渋る私の代わりに同室の友達が雷蔵に着物を渡すのを見ながら、イライラがつのる。
「その女なんなのよ…」
「まだちゃんと聞いた訳じゃないけど…三郎の様子見てると恋仲だと思うよ。」
息がつまる。私は、全く知らない…急に現れた女に想い人を取られたのか…言いえない怒りがふつふつと沸き上がる。それに気づいた雷蔵に、一言二言なだめられたが、怒りは収まらない。
「○○さんは、一般の人だよ。」
「わかってる。私もくのたまよ。手を出したりはしないわ。」
ギュッと手を握り、下唇を噛みながら、雷蔵を見送った。
大人
「そうですか。」
あの女が事務員として働き、くのたま長屋に住むと言うことを先輩に聞かされた。先輩の配慮なのか、それともあの女のためなのか…私を含む5年は、あまり彼女に接する機会がないまま数日を過ごした。
小松田さんの失敗を未然に防いだり、尻拭いをしたり、一年の面倒を見たり、彼女は嫌な人ではなかった。
分からないことは何でも聞いて、努力して、自分の力でこの学園に馴染んでいった。お世辞にも女性らしい気品があるとは言いがたかったけど、気さくで優しくて面白くて、親しみやすい人だと言うことはよくわかった。
そして、鉢屋君が、あの人を凄く大切にしてると言うことも。
だからか、私はあまりあの人が好きになれなかった。でも、嫌いって訳でもないの。そんな複雑な思いにたたされていたからか、私に雷蔵が「三郎と○○さんこのままでいいのかな?三郎…彼女のこととても大切にしてるのはわかるけど、」と相談してきたとき、私はその通りだとすんなり思ってしまった。彼女と鉢屋は別れるべきなんだ。鉢屋君のために。
私は、その想いが正当化された気分になって嬉しくて、その夜彼女の元へ行った。先輩に見張りとして何人か同級生をつけられたけど、私は別に喧嘩しに行くつもりじゃないの…ただ、本当の事を言うだけ。
私は、同級生に見守られつつ彼女の部屋に行き、彼女に鉢屋君と貴女は相応しくないのだと告げた。
私は、彼女が怒り出すと思ったのだけど、怒り出すどころか、笑いながら「本当の事はっきり言うな…」と返してきたから本当に驚いた。
なぜ笑えるの、なんで怒らないの?
「言いたいことはちゃんと分かったよ」
最後に彼女が言った言葉に、胸がギュッと痛くなった。仕方ないことだ…そう聞こえるこの言葉を笑いながら言う彼女はきっと心の中で泣いている…と思ったから。
何も言い続けることができなくて、私は黙って部屋を後にした。
(彼女は、やっぱり大人だった…)