「お前はよっぽどあの眼鏡くんのことが好きなんだな」

 さらりと言われて戸惑った。言った張本人の東堂 尽八はなんでもないように涼しい顔で笑んでいるが、言われた橘 綾からしてみればなかなか驚く台詞だ。とりあえず「はあ?」と声を上擦らせるしかない。

「眼鏡って、小野田?」

「そうだ」

「なに、好きって」

「気にかけているだろう?」

 寒咲 幹といい、この男といい、なにかにつけこういうことを言う。確かに、最初はビクビクしっぱなしのキモオタクくらいにしか思っていなかった小野田 坂道を見直し、応援するにまで至ったことは認めよう。だがそれは、自転車を始めてからの坂道の頑張りを見てのことであって、好きとか嫌いとかそういう話ではない。なかなかやるじゃん、と好感度が上がったことは否定しないが、「好きなんだな」などと言われたら、素直になれない綾のこと、「そんなんじゃないし」と言いたくなるのは致し方ないことである。

「そんなんじゃないし」

「そうか?」

「そうよ」

 ツンと綾は顔を逸らす。それをじっと見てから、また東堂は相好を崩した。

「オレは眼鏡くんのこと好きだぞ。一生懸命で努力家なところとかな。同じクライマーというのも親近感を覚える。それと、彼には我が最大のライバル、巻ちゃんとの最後の勝負に力添えてもらった恩もある。うちの真波と合わせて、どちらがオレの山神の称号を受け継ぐにふさわしいか、いまだ迷っているくらいだ」

 こちらが一つ言うと十になって返ってくる男だ。あいかわらず聞いてもいないことまでよく語ってくれる。綾は溜め息を吐いた。坂道のことは――まあ、嫌いではない。もう少し綾にビクつかなくなってほしいし、友達と呼べる間柄にもなりたいと思う(おそらく今は坂道は綾のことを“寒咲さんの友達”くらいにしか思っていない)。

 ――けれど、目の前のカチューシャをした顔だけはいい男のことだって嫌いではないのだ。そのあたりを、コイツはきちんとわかっているのだろうか。

「なんだ? さてはこの美形に見とれていたな?」

「バッカじゃないの」

 キザったらしく前髪を払う仕草も、すべてわかってやっているのだとしたら、どうだろう。彼はたまに本気で侮れない。こちらの思うこともわかっているのか、いないのか。読めないから、思わせぶりなことを言われても期待しきれない。ずるい男だ。この男をずるく思っているのは自分だけなのだろうか。

「オレも眼鏡をかけてみようか」

「なんのためによ」

 お前のために、なんて言葉は、もちろん返ってこない。




▽眠い時に書いていたので、なんの話なのかは私にもわかりません…。
坂綾っぽいけど、書いてる人が東綾の民なので、たぶんそうなんだろうと思います。




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