※こちらと同設定のヴァンパイアパロ
※性転換、パラレル
「リト。喉が乾いてしまった。血を吸わせてくれないか」
「は? 嫌」
うっとうしそうな表情を隠すこともせず、嫌悪丸出しで、リトはそう答えた。その語尾は切れ味のよい日本刀で切ったようにスッパリとしていて、取り付く島もないといったかんじだった。彼は、先の言葉の主に鋭い一瞥をやったが、返答完了と同時にその視線をさっさと逸らした。不機嫌な横顔から、突っぱねる気配がビンビンと漂っている。
そうは言っても、冷たくあしらわれた張本人も、そこであっさり引き下がるようなタマではない。リトに「血を吸わせてくれないか」と、日常では物語の中などでしか耳にしない異常性癖ちっくな言葉をよこした張本人――世で言うところのヴァンパイア――は、自身の周りの気温を氷点下にしかねない無表情で彼を見た。常人ならば蛇に睨まれた蛙になりかねない、圧倒的なプレッシャー。なんの色も浮かべないそれに生気や血の気はなく、秀麗な美顔は今日も青白い。そんなオーラを全身に浴びつつも、リトは手元のノートから目を離さない。彼が監督を務める誠凛女子バスケ部の練習メニューノートだ。明日までにこれを完成させ、シミュレーションし、さらに推敲して、よりよいものに仕上げなければならない。よけいなことに割く時間はない。
「リト、来い」
もう一度、ヴァンパイアは言った。シルクの上を滑る肌触りのように心地よい声だった。
「嫌だね。自分の髪でも舐めてたらどうよ。健康そうな綺麗な血の色してるじゃないか」
「酔狂なことを言うな。自分の髪を舐めてどうにかなるのなら、とっくにしているよ。だいたいそんなことをしたら髪が傷んでしまうだろう」
「……問題はそこか?」
「いいや、冗談だ」
リトはそこで初めてノートを閉じた。しげしげと、離れた場所に座るヴァンパイアを見つめる。
「あんたの冗談はわかりずらいな」
呆れた声音で言ってみる。しかし女は、まるで真剣なことを言っているような顔色のままだ。こんな顔でジョークなど飛ばされても笑えない。
「手荒なまねはしたくない。お前のほうから来てくれるなら、それにこしたことはない」
「よく言うぜ」
リトの瞳に訝しさがプラスされた。
「勝手に人を半不老不死にした奴のセリフとは思えねーよ」
「窺いを立てていればすんなり了承してくれたか?」
「するわけないだろ!」
「だろうな」
「いや……そんなドヤ顔で言われてもな……」
まともに取り合うだけ時間の無駄だと判断して、リトは再びノートを開いた。己の上に降り注ぐ視線の刃が健在であることは、もちろん気付いていたが。
「――リト」
その声色は先ほどとは違っていた。無論、リトが気付かないはずはなかった。むしろ、あまりに俊敏に悟ってしまったことに嫌気がさすほどだった。億劫きわまりない気分で顔を上げる。アカシは寸分変わらぬ体勢で、彼を見ていた。
「私は『来い』と言ったんだ。お願いしたわけじゃない。命令した。聞こえなかったのならもう一度言ってやろう」
こちらを見つめるアカシの瞳が、鋭利に光った。
「来い」
ドクン、と心臓がなった。アカシの言葉が、ダイレクトにリトの心臓を打った。抵抗できない弾丸を打ち込んで、下した命令を“本物”にした。
自らの意思とは無関係に、リトの唇は動いていた。
「――はい、我が主(マスター)」
そうして、己の希望とは裏腹に彼の足は立ち上がり、アカシの元へ跪く。椅子に座って見下ろしながらも、アカシの目にはどこか不満げな色が宿っていた。
「最後にはこうして従わされるのに、何故お前は抗おうとするんだい?」
「ただ搾取されるだけなんてまっぴらごめんだ。アンタの思いどおりにばかりなってたまるか」
「ふふ、おもしろい。それでこそ私の下僕だ」
とろりと目を細め、アカシはリトの首筋に手を這わせた。舐め上げるような手つきで顎に指を添え、上向かせる。ヴァンパイアの女と、被害者の少年の視線が交差する。交わらない光を宿しながらも、それはどうしてか奇妙なほどなじんでいた。少なくはない時間をこうして過ごしてきた裏付けとも言えた。
ゆっくりと、アカシは腰を屈めた。艶やかな赤と橙の瞳、それを甘受はしない茶の瞳。二つがスウッと接近する。傍から見れば、まるで今にもキスをするみたいに。音が消え去りそうな静かな事前行動の後、アカシの唇がリトの首を捕らえた。静寂を裂くように、肉を穿つ音が響く。そして、リトの小さな呻き声。彼の血を啜るアカシの喉が鳴る音。ありえない光景だ。しかし、実際こうしてありえないことがありえてしまうのだから、まったく世の中と自分の価値観は見合っていない。リトはそんなことをぼんやりと考えた。
愛おしげに自分の首を食む吸血鬼の背を、仕方なしに抱いてやる。自らのお人好しさに、内心で盛大な溜め息を吐きながら。
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前のヴァンパイアパロディの続きみたいなのです。何故続きちっくなのを書こうとしたのか私にもいまいちわかりません。そして需要があるのかもわかりません。
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