すべてのことが終わってから、霧野 蘭丸は自身がしたことの重みを痛感した。彼女の肩に顔をうずめて荒い息を吐き、それが静まったら今度は力が抜けて彼女の上に覆いかぶさった。真下で空野 葵の「うっ」という呻き声が響いた。
部室のベンチは、人間二人が寝転ぶにはかなり狭い。葵の顔の横に肘をつき、蘭丸は上体を起こして彼女を見た。
「俺はもう、空野と口を利けないな」
葵の顔は涙でびちょびちょと濡れ、目はいまだ潤んでぼうっとしていた。
「もうドリンクもタオルも渡してもらえないし、お前を視界の端っこでとらえることもできそうにない」
彼女の真っ赤な鼻から目を逸らすように、蘭丸は俯いた。けれどそれ以上視線を下ろせば、無理矢理引き上げられた葵のワイシャツや、腹の上でぬらりと光る白濁液、くしゃくしゃに乱れたスカート、白い太股の間に滲む血液などが視界に入ってしまう。苦い気持ちに唇を噛みながら、結局彼は自分の歯型の付いた鎖骨あたりを凝視する羽目になった。
「どうして?」
はっきりとした葵の問いかけに、蘭丸はわずかに身じろぎした。
「どうして口を利くことも、ドリンクやタオルを渡すことも、視界の端で見ることもできないんですか?」
「それは……」
当然の報いであり、当たり前の罰だ。彼女でもない女の子を人気のない場で押し倒し、抱いた。犯したという言い方のほうが適切である。しかも彼女は処女であった。奪ったというのも付加される。ひどい重罪だ。男として、人間として、蘭丸はあるまじきことをしてしまった。葵を、傷付けた。
なのに彼女は、とても落ち着いた表情で、穏やかに言葉を紡いだ。
「確かに困りました。こんなことをされて、怖い気持ちも少しだけありました。でも嫌じゃなかったんです。私、一度でも『いやだ』と声を上げましたか? 上げなかったでしょう。先輩の手を振り払ったり、暴れたりしなかったでしょう?」
それは蘭丸も思っていたことだ。付き合っているわけでもない、合意を得たわけでもない男の手を、葵は拒まなかった。黙って、愛らしく声を上げて、うっとりと瞳に涙を滲ませて、受け入れた。最中、蘭丸はズルい、と思った。望んでいたわけでもないだろうに、それをはねのけないのは、そうして彼の罪悪感を煽っているのではないかと。情けをかけて、彼をこれ以上みっともない男にしようとしているのではないか。ぼんやりと火照った頭で、そんな浅はかなことを考えた。
「……どうしてかわからないけど、私嫌だと思うどころか、うれしかったんです。先輩の男の子の部分を見れて、ドキドキしたんです。もしかしたら、私は自分でも知らないうちに、霧野先輩のことを好きだったのかもしれませんね」
一度まぶたを閉じるようにして、葵は柔らかく微笑んだ。蘭丸の好きな笑顔だった。蘭丸は、心臓をつかまれたように胸がぎゅうとするのを感じた。
「オレ……、オレも、空野が好きなんだ。ずっと好きだった」
順番を間違えてごめんと、蘭丸は葵の体を抱きしめた。かまいませんよと背中を撫でる葵の手は、小さく繊細で、とてもあたたかかった。
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