意味があったのかと問われれば、もちろんあったと剣城は答えるだろう。意味もなくこんな大それたことはしない。そこにある理由は大から小までさまざまで、小さなものは“興味・好奇心”から始まり、“思春期ゆえの冒険”、“少しでも自分を見てほしい”という至極それらしいものへと移る。だが、それら全てを内包する大前提はと言ってしまえば、“好きだから”の一言におさまってしまうのだ。つまり、剣城 京介が空野 葵を押し倒した理由など、“葵のことが好きで触りたくて、年頃だから興味もあるし、相手の反応も気になるし、こうすることで自分を意識してくれたら”という願望と本音が入り混じったものでしかなかった。
だが、常時を仏頂面とニヒルな笑顔と怒り顔で構成している剣城は、そんな心の内の葛藤を微塵も表に出すことはなく、組み敷いた葵のことを無表情に見下ろしていた。この体勢は思っていたより相手との距離が近くて緊張する――と、呑気なことを考えながら。
葵はじっと剣城の目を見ていた。彼の思考を読もうとしているのか、何かを訴えようとしているのか。困ったような戸惑ったような胡乱げなような表情で、剣城の視線を受け止めている。
正直、すぐに突き飛ばされて罵詈雑言の嵐にさらされると思っていたので、葵がなにもアクションを起こさないことに剣城は少なからず驚いた。こういう場合、抵抗しないのは合意された証なのか。それなら先に進むべきなのかとも思うが、生憎剣城は未経験だった。目の前の空色の髪を持つ少女とてそうだろう。衝動のまま押し倒して、それからどうするかなど考えてはいなかった。抵抗されないというシチュエーションは、想定の範囲外だったのである。さらには、受け入れられた際の対処法――すなわち彼女と大人の階段を登る――ということは、ありえないこととして初めから候補にすら入れていなかった。
だから剣城は戸惑っていた。床に付いたままピクリとも動かない自分の手も、自分を見上げたまま微動だにしない葵も、どうにもできそうになかった。
「剣城くん」
ふいに、横一文字に閉じられていた葵の唇が開いた。“ハッとした”というよりは“ビクリと”して、剣城はガラにもなく肩を弾ませた。
「その前に言うことがあるんじゃないの?」
無垢で汚れを知らない瞳で、けれどやはり事の理解を示した普通の女の子の顔で、葵は言った。
剣城は言葉を失ったまま、喉の奥で唸った。顔面に血が巡るのを感じる。その予想通り、剣城の顔は普段では見れない間抜け面をさらしていた。何事かを言おうとパクパクと口を開閉させる。その姿に、わずかに体を強ばらせていた葵の緊張が取れた。いつものお節介で世話焼きなマネージャーの顔で、剣城のひょろりと伸びたモミアゲを指先で引く。ねだられているのがわかると共に、つまり彼女も自分と同じ気持ちなのだと気付き、そういった保険がないと己は何もできないのだとみっともない自身にさらに羞恥心を煽られながら、剣城は葵の肩に顔を埋めた。
「顔見て言うこともできないなんて。剣城くんって案外シャイなんだね」
「うるさい好きだ馬鹿」
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