時刻は早朝6時。

 シャワーを浴びて、濡れた髪をバスタオルで乱雑に拭きながら居間に足を踏み入れると、床に置かれた毛布の上に横たわる女の姿があった。

 ……こいつまだいたのかよ。

 うんざりとした気分でため息を吐く。タオルを頭から外して、俺は再び女を見た。

 ――瞬間、目の前にもやがかかった。クラリと頭の中が揺れて、足がわずかよろける。力を入れ直し、正気を取り戻すように頭を振った。そうして、もう一度目をこらす。

 何度見直しても変わらない。どういうことだ。一体なんなんだ。俺はどうかしてしまったのか。

 うっとうしくて煩わしくてたまらない、大嫌いな女が、美しく見えるだなんて──。

 ありえないありえない。だってこいつだぞ? 顔は化粧したって中の下だし、胸がでかいだけで体はぽっちゃりそのものだし、口を開けば俺を苛立たせるとろくさい台詞を発するしで、まるで長所のない馬鹿女だぞ? 何が美しいだ。頭がどうかしちまったのか、俺は。

 ……大体なんだよこいつ。毛布は普通、体にかけるために使うもんだろうが。なんで下に敷いてんだよ、馬鹿なのか?

 そう思い、女の前まで歩みを進める。薄暗い室内を照らすのは、カーテンを通して入ってくる暁の明かりのみ。それが、女の肌をいやに青白く見せた。灰色に近い部屋の中で見下ろす女の顔はこの上なく健やかで、何者にも汚されない無垢な清純さを携えていた。茶色の毛布に寝転ぶふくよかな肉体は、絵画に出てくる女体と酷似している。その腹の上で手を組み、まるで棺桶の中にいるように、そいつは眠っていた。

 朝の空気のせいなのか、それとも俺が寝ぼけているのか。やはり何度見返しても、その女は美しかった。

 しゃがんで、俺はそっと女の頬を指で撫でた。陶器のような手触りだった。死んでいるんじゃないかと、半ば本気で思った。

 今ならこいつの望みどおり、俺はこいつを抱けるかもしれない。そのために、こいつはこうして俺のところに来るのだから。

 だが、それでも、どんな健気な姿を見せられても、どんな美しい姿を見せられても、俺はこいつを抱かない。それはもしかして、神聖なものを汚すことを恐れているだけなのかもしれないと、俺は初めて思った。

 自分は予想以上に、この女を愛しているのかもしれない。





▽某所に日記で載せてたもの。一次創作物。




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