そこは、箱庭とも、額縁の中とも言えた。午後から夕方に変わっていく最中の、一番柔らかく明るい時間帯だった。

 木野 秋は河原で、四つ葉のクローバーを探していた。幸せを祈るための儀式だ。そして、ただの暇つぶしだ。なぜだか秋は、この優しい甘い時間を、四つ葉のクローバーを探してロマンティックに過ごさなければならないように感じていたのだ。もしかしたら、することがないから、手遊びの一環でしていただけなのかもしれないが。

「秋、四つ葉見つかったか?」

 すぐ近くで同じようにクローバーの大群を凝視していた円堂 守が、ふと振り返った。

「うん、あったよ」

 秋は顔を上げずに答えた。見つけた四つ葉を、土から千切らずに指で撫でる。よく見てみれば、そこに生えているクローバーは、四つ葉しかなかった。

「秋」

 円堂は秋を呼びながら、彼女の左手をとった。器用そうには見えない彼は、いつのまにか千切った四つ葉で拙い指輪を作っていた。

 秋の薬指に、幸せの輪がはめられる。

「秋」

 円堂はもう一度、呼び戻すように秋の名を呼んだ。懐かしい面影だった。ボールに向かう時のような真剣な顔だった。しかし彼女は円堂を見ず、自身の指にはめられたクローバーにばかり視線を注いでいた。

「円堂くん」

 今度は秋が円堂の名を呼んだ。

「円堂くん」

 朗らかに。

「円堂くん!」

 溌剌と。

「円堂くん?」

 不思議そうに。

「円堂くんっ」

 怒ったように。

「円堂くん」

 囁くように。


 円堂は秋の手から自らの手を離した。秋の手が降ろされると同時に、ブカブカだった指輪は地面に落下し、他のクローバーと混ざって、いったいどれだかわからなくなった。

「円堂くん」

 秋は涙を堪えながら笑った。

「もう戻れない」



 二人だけの箱庭の出来事だった。額縁におさめられた一枚の絵画のようなシーンだった。そして、ただの夢だった。

 これがどちらの夢であったか、知る者はだれもいない。なぜなら、夢とはひどく不確かで非現実で、目が覚めれば忘れてしまう、そんな一時の思い出でしかないからだ。





∵最後の夜に 目を伏せながら 君は私に 「もう戻れない」と言いました。




――――――――――――


幸せを約束された場所にいて、これ以上ないほど祝福された二人だったのに、なぜ円秋は折れてしまったのか。

……だいたい社長のせいか←




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