※夢主



 バッタリと出くわしたことに、なんの思惑もなければ、特別な策略もなかった。お互いに、ただの偶然で、同じタイミングで昇降口にたどり着いただけである。

 間に媒介を挟まなければ交流をはかることのない二人の邂逅だったが、見知らぬ顔ではない。口を交わしたことがないわけでもない。媒介となる本体――高尾 和成の存在は見当たらないが、無視するのもいかがなものか。そう、緑間が眉を顰めている間(ま)に、

「緑間くん、今帰り?」

 彼女の方が、先にうっすらと笑って言った。

「ああ」

 答えやすい流れに、緑間は前に向き直りながら相槌を打った。

「今日、部活休みなんだ?」

「監督の都合でな」

「そっか」

 あの高尾の友人にしては、必要以上の言葉を挟まない、無駄のない会話だ。知り合いに会った際の最低限から上にも下にもいかない、ある程度の領域。存外喋りやすい相手だと、緑間はひっそり思った。もしここで「休みなんてラッキーじゃん」などと返してこられたら、暇を惜しんで練習に励みたい緑間の機嫌を損ねていたに違いない。しかし彼女はそれ以上の言葉を紡がず、涼しい顔で歩いていく。自然と横並びの形になった。わざわざ引き離すこともないかと、めずらしく緑間は思った。それは彼女が、普段発しているやかましく快活なオーラを完全に絶っていたからだろう。現在、隣を歩いている少女からは、凪のような静けさしか漂ってこない。

 平均身長の彼女と、平均身長をはるかに超えた緑間とでは、コンパスにかなりの違いがあったが、彼は合わせた。すると、彼女の歩くスピードがわずかに上がったのがわかった。

「せっかくの暇な放課後だ。ゆっくり帰りたいのだよ」

 緑間が言うと、彼女は「はぁい」と、困ったように笑った。

 彼女は高尾の友人だった。女子の中では特に親しくしている方だろう。もちろん常に行動を共にしているわけではないし、それはむしろ緑間の方であったが、よく二人で楽しそうに会話をしており、緑間の近くでもそれは繰り広げられる。高尾と一緒にいることが多い緑間と、高尾と仲のよい少女。その肩書きを持った状態なら、何度か話をしたこともある。だが、こんなふうに一対一で会話をするのは初めてだ。ここに高尾がいないというのは初めてのことだった。

 緑間はチラリと少女を見下ろす。校則違反をギリギリ免れるくらいの中途半端な茶髪。頂上から少し黒髪が生え始めている。胸元のあたりで毛先の揺れるそれは、ストンとまっすぐだ。以前、“ストパー”だと話していたことがあった。足は細い。けれど、周りにいる女子はだいたいみんな足が細いので、彼女が際立ってスタイルがいいというわけではない。顔はごく普通。化粧の多用が目立つ。

「無粋なことを訊いてもいいか」

 脈絡もなく、緑間は話し始めた。のんびりと空を眺めていた少女の視線が、彼に向けられる。

「どうして高尾に何も言わない」

 普通に聞けばなんのことやらと首を傾げるところだが、彼女は黙って瞳に悲しみの色を浮かべた。

「部外者の俺が気付くくらいだ。高尾だって気付いているだろう。なのに奴は何も言わないし、何をした気配もない。それはお前もそうだ。高尾の気持ちが自分に向いてることを知っていて、変わらず友人としての立場を維持している。俺が口をはさむことではないのは百も承知だが、はっきりせんのは見ていて歯がゆいのだよ」

 淡々と伝えると、彼女は目を伏せて瞬きを二度した。

「高尾くんってさ、名前、和成っていうでしょう」

 緑間に負けず劣らず、唐突な切り出し方だった。

「“名は体を表す”ってほんとだよねぇ。“和”を“成す”。高尾くんにぴったりの名前だと思う」

「それがなんなのだよ」

 ふと、気付いたことがある。彼女は確か、高尾の前では彼のことを「高尾」と呼び捨てにしていたはずだ。

「あの人、ノリは軽いけど、周りのことよく見えるじゃん? だからお調子者でも嫌われないし、人が集まるんだよね。人との交流の仕方がうまいの。他人のことを見抜くのも同じようにね」

 言わんとしていることがいまいちわからない。緑間は怪訝そうに首を傾げた。彼女はなんとも気まずそうな作り笑いをすると、「えーと」と言葉を濁した。

「高尾くんは知ってるのよ」

「知ってる? なにを」

「私のことを」

 話の終着点が見えない。要領の悪いことを好かない緑間の機嫌が、少しずつ低下の一途をたどり始める。すると、まるでそれを察知したかのように、彼女は素早く口を開いた。

「私、高尾くんのこと好きよ。確かにそう。付き合いたいとも思う。でも、それはダメなの」

「何故だ」

「私の心が狭いからよ」

 彼女は首を竦めて、緑間をまっすぐに見上げた。

「高尾くんは、私を一番にはできないと思うの。あの人の中で一番はもう決まってて、覆るには相当のことがないとダメな気がする。でも、それはとっても健全で大切なことだし、嫉妬しても仕方のないこと。男の子がなにかに打ち込む姿はかっこいい。私、バスケする高尾くんも好きだから」

 なんとなく、見えてきた。緑間は何も言わずに少女を見据える。

「でもねぇ、頭ではわかってても、私きっと彼女になっちゃったら、そうは思えなくなると思う。どうして私を優先してくれないの、私とバスケどっちが大事なの、って、つまんない女に成り下がっちゃう。これは確信だよ。今の時点で思ったりするもん。でも、今は私たち友達だから……私にそんなこと言う権利はないって冷静に判断できるから、馬鹿みたいな駄々こねなくてすんでる。高尾くんはそれを知ってるんだよ。だからなにも言わないし、私も言わない。高尾くんは自分にとっての一番もわかってるから、そのへんの調節をきっちりするんだと思う。そこを間違えたら、私たちどっちも傷付くことになるから」

 緑間の脳内に、高尾と彼女の姿が映る。瞳に灯る感情の炎を垣間見せながら、壁を隔てて会話をする二人の姿だ。彼らは笑顔で談笑をしているが、その顔はどことなく諦めの色を含んでいた。まるで芝居の口上を読み上げているだけのような、そんな雰囲気。しかし、それにしてはお互いの演技には熱が入りすぎている。その熱を表に出さずにクールを装うから、虚しく噛み合わない。

 彼女は泣かなかった。夕暮れに照らされる顔は諦観して、井の中の蛙のようだった。「人事を尽くせ」と言ってやりたくてたまらなかったが、他者が口をはさむことでないのは理解していた。彼らがそれを正解だと思い込んでいるなら、そう信じていればいい。

「お前がそんなふうに論理的に会話できる人間だと、俺は初めて知ったのだよ」

 またも突然に話の方向性を変え、緑間は彼女を見ないように顔の向きも変えた。今度は彼女も本心から「へ?」と疑問の声を上げる。

「私、今だいぶ支離滅裂だったと思うんだけど」

「文章的にはそうかもしれんが、普段見ているお前は、先ほどの比でないくらいひどい会話能力だぞ」

「あー……ははっ」

 ごまかすように笑い、無意味に頭に手などやってみせる。彼女の歩くペースが、心なし、下がった。

「だって緑間くん、普段の私みたいなの嫌いでしょう?」

 静かに少女は呟く。緑間は彼女を見下ろすが、高低差のありすぎる身長のせいで、彼の目に見えるのは彼女の脳天である。

「何故、相手によって変える必要がある?」

「そういうものじゃない? 人によって一番接しやすいテンションとかってあるでしょう。それが食い違ったら会話にならないし、『なにコイツ』ってなっちゃうし、噛み合わないよ」

 そんな芸当は、緑間には到底できない。薄っぺらな雌猿を装った彼女という女の狂気を、垣間見た気がした。

 教室での彼女、仲のよい女子のグループの中にいる彼女、高尾と一緒にいる彼女は、緑間の目にとても浅はかな女として映っていた。彼は彼女の口から「マジでー?」「ありえねーしっ」「チョーウケるんですけど!」以外の言葉を聞いたことがないとすら思っていた。日常生活を営む彼女は、そういうタイプの人間だった。教室の一角でゲラゲラと品のない声で笑いながら、意味のない言語の羅列を吐き出す。中身もなければ身にもならない、頭の悪い者の馴れ合い。皆が一様に口を開けばもうどれがだれの声だか判断するのは困難で、緑間には一人一人を識別することなど不可能だった。もちろん、彼女も。集団があやふやな輪郭だけを持って、グニャグニャと、人型から外れていく。姿を見失う。

 高尾といる時の彼女は、まだ緑間にも人の形を成して見えていたが、ノリが大きく変わるわけでもなかった。高尾と彼女はいつもなにがおかしいのかことあるごとに大声で笑い、小突き合ったり、肩を組んだり、緑間に同意を求めたりした。それでも、大きく変わった様子もなかったのだ。少なくとも、相手の気持ちの在処を正確に読み取り、自分との距離を計り、互いが傷付かない方法と、それを相手が理解していると察した上でその場所に留まると宣言するような、そんな複雑な心理を持ち得てはいなさそうだった。だから緑間は、正直なところ、先の質問を、それほど重いこととして発したわけではなかった。自身の周りをうろちょろする蝶を、求めている籠に入れてやろうとしたのだけなのだ。ともすれば、彼らしくもなく、友人の恋路のキューピッドになってやろうという思いすら、心の片隅にあった。

 彼は失言を悔い、人事を尽くせなかった自分を責め立てた。浅はかなのは己の方であったと。

「緑間くん」

 彼女は言った。緑間の返答も待たずに、独り言のように言った。

「私、緑間くんのこと嫌いよ」

 「そうか」と緑間は返した。

「高尾くんは私のことを一番にはしないわ。そして私はきっと一生、高尾くんの前でこんなふうには話せないわ」

 彼女は大きく一歩を踏み出した。小さな背中をこちらに向けた状態で、振り返りもせず、もう一度、念を押すように言う。

「私、緑間くんのこと嫌いよ」

 「どうして見抜いてしまうの」という声が聞こえたのは、被害妄想だろうか。




―――――――――――



高尾くんの一番がバスケなのか、それとももっと別のなにかなのかは、彼にしかわからない。

そんなわけで夢小説もどきでした。もうめんどくさくなったんで意味不明で申し訳ないです。
「見えてる表面だけがその人の全部じゃない」「バカな女はただのバカじゃない」「女は怖い」みたいなのが二つ目のテーマでした。

頭の中で完成して、台詞も完璧な流れをたどっていたのに、書く時になるとそれがすごい速さで消えていきます。一度流し見ただけの映画の内容から台詞までを一切合切書き起こせって言われてるようなかんじです。




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