「意外ですよねぇ」

 左手にフォーク、右手にナイフ。よく磨かれた銀食器のフォークで皿の上の兎肉を押さえながら、それをナイフでキリキリと切っていく。高級な肉は、たいした力を入れずとも綺麗に切り分けられる。

 白いクロスのかかったテーブルの向こう側。赤ワインを傾けながら、南沢は「なにが」と言うふうに目配せした。

「南沢さんって偏食なイメージがありましたけど、実は結構そうでもないですよね」

「それはお前もそうだろう」

 膝上のナプキンで口を拭い、南沢は言った。かと思えば、優美かつ行儀のよい動作を急に崩して、彼は葵からもわかるように足を組んだ。

「なにを出されても文句一つ言わずに食う。しかも、たいがいはうまそうに。俺はお前が知らないだけで普通に好き嫌いがあるし、好ましくないものを出された時は機嫌が悪かったりする」

 なんとも返す言葉に困って、葵はナイフとフォークを皿の上で八の字に並べた。突き放されたのか褒められたのか。別段なんの思惑もなく言われたのか。なんとなく、心苦しいなと思う。

 確かに好き嫌いはほとんどない。でも、好物は後に残しておくタイプだ。大事に大事にとっておいて、味わって食べるタイプだ。ようやくたどり着いたその時、幸せを感じるのが好きなのだ。

 彼にはそれなりに好き嫌いがあると言った。彼の好きなものはなんだろう。




▽好き嫌い=他人との接し方って考えるとおもしろい…かも。




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「見えない臓器の名前は」
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