強いて言うなら、降矢さん家の三つ子ちゃんの中では、比較的女っぽいタイプなのかもしれなかった。他の二人より長めに伸ばされた頭髪や、物腰柔らか(に見える)言葉遣い、乱雑すぎぬ立ち振る舞いに、どこか艶めいた笑みの浮かべ方。長男の降矢 虎太と、三男の降矢 凰壮の猛々しい男らしさから見ると、なるほど確かに次男の降矢 竜持はわりあい女性的な方に傾くかもしれない。

 ――だが、あくまでそれは“どちらかと言えば”という域を出ない話である。けして、普段の竜持が飛び抜けて女らしいというわけではない。確かに髪は少し長いが、けして運動の妨げにならないよう、肩より上で切りそろえられている。服装だって、爽やかな風があるだけで、極めてボーイッシュな装いだ。小学6年生というには発育がよく、隣り合うとどう頑張っても見上げなければならないその体格は、およそ華奢とはほど遠い。

 彼の操る綺麗な敬語は、一見すれば柔和な印象を受けるかもしれないが、そこから紡がれるのはたいがい相手を貶すための悪口か皮肉か嘲りである。またそれが的を射た正論だからタチが悪い。反論しようにも、彼の秀でた頭脳は、頭に血が登った安い罵詈雑言程度「なにやら犬が吠えていますね」くらいで流してしまう。

 サッカーの時になれば、平素の運動などしそうにない様から一変し、荒々しく相手にぶつかり、巧みな技でボールを操り、傲慢にも見えるプレッシャーのかけ方で敵を翻弄する。そこに女らしい要素はかけらもなく、誰が見ても彼は一人の男であった。冷静な頭脳派のくせに、負けん気が強くて、自分がこうであると思えばなかなかその意見を覆さない。そういうところは、長男の虎太とよく似ていた。


 高遠 エリカがこの三つ子と初めて対面してから、まだそんなに長い月日は経っていない。一番仲の良い翔や玲華とでさえ、まだ知り合って日が浅いのだ。大阪からの転校生であるエリカにとって、この地の人々と過ごした時間は、今までの人生の中でも極端に少ない。学校が違えば、ことさら交流はチームの練習時間のみに絞られる。

 ――とは言え。

「竜持くんにそんな趣味があったなんて知らへんかったわ」

 それなりに相手の人となりを理解する程度には、知り合っているつもりでいたのだが――


「『そんな趣味』とはどういう意味です?」

 降矢 竜持は、両手に持ったキラキラ輝く髪飾りたちを掲げたまま、首を傾げた。対する高遠 エリカは、竜持の手にあるピンクやら水色やらオレンジやらの可愛らしい小物と、邪気なさそうに見える眼前の少年を見比べ、胡乱げに目を細めた。

「いや……せやから、アンタにそういうファンシーなグッズを愛でる趣味があるとは思わんかった、っちゅー話」

「おや、なんですそれは。男女差別というやつですか。別に男子がかわいいものを愛でてはいけないなんて決まりはないでしょう。第一、そういう線引きの仕方は、貴女が一番嫌っているもののはず」

「そう、かもしれんけど……」

 そう言われると、と思いながら、エリカは再び竜持の手中のシュシュやらボンボンやらリボンが付いたゴムやらと、彼の顔を見比べた。

 竜持は凛々しい顔立ちをしているが、その整い方は端麗といって差し支えない。案外、違和感なく付けこなしてしまいそうだ。それに、彼が述べたとおり、「男だから、女だから」といった区別の仕方は、エリカがとても忌み嫌うものの一つだった。


「まあ、別にこれは僕の趣味ではありませんし、僕にかわいいものを愛でる性癖なんてのもありませんけどね」

 否定したことを謝ろうと思っていたエリカは、盛大にずっこけた。地面につく前におっとっと、と二、三回足踏みをし、振り向きざまに「こらぁ!」と片手を出す。

「うちのちょっぴり痛んだ良心を返しぃや!」

「でも、買ったのは街にある女の子向けのかわいいお店ですよ。男が一人で入るのはなかなかに試練でした」

「話聞けぇ!」

 ニコニコと微笑む竜持は異様に楽しそうで、エリカの全力のツッコミは華麗にスルーされた。


 ほら、と彼がエリカの前になにかを差し出す。消化しきれない不満を表情に残したまま見ると、それは小さなショップバッグだった。見覚えのある小物屋の店名が記されている。この店で買ってきたんです、ということだろう。髪飾りの他に、ネックレスやピアスといったものたちが、比較的手頃な値段で手に入る、中高生女子たちが好んで贔屓にする店だ。エリカも知っている。前を通るたびに、いつか入ってみたいと思っていた。まさか、若い女の子たちがキャピキャピとはしゃぐあの空間に、たった一人で出向いたというのか。竜持にそういう趣味があるというより、さらに恐ろしい。

「よう一人で行く気になったわ」

「可哀想でしょう? 僕の苦労を汲んで、ちゃんと使ってくださいね」

「うん……え?」

 どういうこと? とエリカは目を丸くする。竜持は持っていた髪飾りをガサガサと袋に仕舞うと、それをエリカの鼻先に突き付けた。

「え、なに」

「これ。エリカさんにプレゼントするつもりで買ってきたんですよ」

「は!? うちに? なんで!?」

「エリカさん、いつもおんなじゴム使ってるから。たまには違うものを使ってみるのもいいんじゃないですか?」

 言いながら、竜持はニコッと口端を上げた。風に靡く彼のおかっぱヘアーは、いつもながらサラサラと艶やかだ。

 エリカはポニーテールにした自分の髪の根っこ部分、結われたところを触りながら、これはゴムっていうかシュシュやけど……と、心の中で呟いた。男の子には、シュシュもゴムもリボンも似たようなものなのか。意外と、そういう違いはわからないのかもしれない。なんとなくホッとした気持ちで、エリカは「ありがとう」とその袋を受け取った。プレゼントをされる謂われはないが、無碍に断る理由もない。


「急で驚いたけど、なんや申し訳ないな。いくら?」

「僕が勝手にしたことだから気にしないでください」

 そんなことを言われても、気にしないわけにもいくまい。いくら安い店とは言っても、この量だとそこそこの金額になるだろう。小学生の自分たちの小遣いには地味に響く程度に。そこまで考えて、エリカの脳内にあることが浮かんだ。三つ子との初対面の日、翔と共に彼らの家を訪れた時のこと。デン、と聳える立派な門構えと、センスのいい建築者を雇ったことが一目でわかる洒落た豪邸。

「経済格差……」

「へ?」

「いや、なんでも……」

 どこか暗い目をして、エリカはそっと俯いた。

 まず、もらっている小遣いの金額から差があるのだろう、と彼女は検討を付けた。これしきの買い物で、竜持の財布は痛まない。普段、スポーツドリンクくらいしか購入しているところを見ないが、それすら我慢しなければいけないほど、この髪飾りたちが痛手を負わせたとは思えない。


 チッ、と胸中で舌打ちしながら、エリカは顔を上げた。

「でも、やっぱちょっと申し訳ないわ。お金が受け取れへん言うなら、なんか違うもんで返させてぇな」

「なんか今すごい顔してましたけど……いいって言ってるのに、まったく律儀なんですから」

「もらう理由もないのに、『そらありがとさん』なんて気軽に受け取れへんやろ。……ま、まあ、お金のかかること以外で、やけど」

「悲しいことを言いますねぇ」

 オーバーに肩を竦めて、竜持は嘆息した。なにが悲しいんだと、エリカは首を傾げる。その問いには答えず、彼は顎に指を添えて「うーん」と中空を見据えた。

「そうだ」

 突然、思い付いたようにポンと手を打つ。

「こうしましょう」


      ・


「……て、こんなことでええのん?」

 グラウンド近くの簡易ベンチに腰かけ、エリカは言った。視線はまっすぐ前を見たまま、声だけを背後の竜持へ向ける。

「はい。僕らには女兄弟がいないから、女の子の髪を結ぶという経験がないんですよね」

「おったらやりたかったん? やっぱ竜持くんの趣味わからんわぁ」

「僕も、誰の髪でも触りたいというわけではありませんけど」

 言いながら、竜持はゆっくりとエリカの髪をほどいた。締め付けられていた頭皮が緩み、重力に従ってパサリと髪が肩に落ちる。エリカはふう、と息を吐いた。この瞬間は癖になる。

 竜持の指がエリカのサイドの髪を拾い、耳の上へかけて、後ろへ持ち上げる。無理な力を与えないように意識された指は、サラリサラリと髪をくすぐって、不思議な心地よさを生む。うっとりと目を閉じながら、エリカは竜持の手に身をまかせた。

 他人に髪を結われるなど久しぶりだ。自分で身支度ができるようになってからは、母親にしてもらうということもなくなった。女の子同士の髪のいじり合いなども、ここのところとんとしていない。それがまさかこんなところで、しかも男の子にしてもらうことになるとは。

 髪をまとめていた手から、流れを整えるための櫛が入れられる。100均の小さなコームは、エリカがポーチに入れていたものだ。男に対抗する気持ちを燃やしているとは言っても、彼女はかわいいものやおしゃれを愛する普通の少女。ハードな練習が終わった後は、崩れた髪型を直したり、お気に入りのタオルで汗を拭いたり、俗に言う“女の子”の姿からなんらはみ出さない。このくらいの用意は、女の子なら当然のものだ。

 竜持はよほど熱中しているのか、いつもの饒舌が鳴りを潜め、黙々とエリカの髪と格闘している。背中に感じる鬼気迫る雰囲気に圧されて、エリカも言葉を発さない。耳元で聞こえる髪を梳く音と、丁寧な彼の指使いだけが、二人の間にあった。


「できた」

 ぼんやりと微睡んでいると、竜持が輝いた声音で言った。

「お、完成?」

 首を逸らし、頭上の竜持と目を合わせる。折りたたみのコームを片付けながら、彼は得意げに「上出来です」と唇を伸ばした。

 軽く触ってみると、いつもと同じ髪型の感触がした。

「どんなかんじにしようか迷ったんですけど、やっぱりエリカさんにはその髪型が一番似合うと思いましてね」

「調子ええやっちゃ」

 笑いながら、エリカは彼に「ありがとう」と礼を告げた。


「ちなみに、新しい飾りはどんなんが付いてんの?」

 自身の頭部を指差しながら言うと、竜持は意味ありげに、お馴染みの艶美な微笑みを浮かべた。

 トン、と彼の両手がベンチの背もたれに置かれる。スッと身を屈めた少年は、エリカの耳元でこう呟いた。

「かわいらしい、ピンクのハートが」

 囁かれた言葉に、エリカは奇妙な浮遊感を覚えた。首筋を撫でられているような居心地の悪さに、「ふーん」と目を逸らす。


 降矢さん家の三つ子の次男、降矢 竜持について、高遠 エリカが知っていることは多くない。名前と学年、学校、ポジション、兄弟仲のよさ、友達がいないこと、問題児、“三つ子の悪魔”という別名、頭脳明晰、毒舌。だが、上げていくと、それほど少なくもないのではないかという気もする。すべてをわかる判断基準にはならないが、ある程度の人となりを理解するには十分だろう。彼女の知る降矢 竜持は、ただのお人好しで他人に物を与えるような人間ではない。

 なにやらむずがゆいなぁと、エリカは一人頬を掻いた。後頭部に感じる竜持の視線が痛い。

「男性が女性に服を与えるのは脱がすためだとよく言いますが、なら、男性が女性に髪留めを与えるのはほどくためなんでしょうかね」

 そんなことを言われても、エリカは男でないからわかるはずもない。だから、いい加減にその甘ったるい目線をどうにかしてくれ。どうにも照れくさくて顔が上げられない。こんなかゆい雰囲気はさっさと振り払って、自分は早くサッカーがしたい。





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