ep.2

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あの日、会議には間に合ったし、今回の新商品のデザインを任せてもらえることになったし、良いことづくしの一日だった。
あれからバーには行ってない。というか行けてない。新商品のデザイン、と一口に言っても、服のデザイン自体を私がするわけではなくデザイナーから上がってくるデザインを検討したり修正したり時には自分からも描いて提案して、それの繰り返しなのだ。ハードスケジュールな上に寝る間も惜しんで仕事にかかりっきり。
気づけば季節は春から夏に変わっていた。

わたしがこの仕事に就いたのは、バーを紹介してくれた友人に誘われ(引き抜かれ)たからだった。元々は販売員だったこともあり、当初は売る側じゃないと私は輝けないと思っていたが作る側も案外楽しい。友人には感謝していた。少し性格に難がある子ではあるが。

「あやかー彼氏と会う約束してるからさー…」
「抜けるの? いいけど、引き継ぎだけしてね」
「ありがと! さすが私の相棒よね〜」

嬉しそうに私のデスクに自分の仕事を置いて「もう終わるとこだから、修正した案をまとめて提出よろしく!」と伝えて颯爽と退社していった。これくらいの量なら請け負っても問題はない。

「あやかちゃんちょっといい?」

新商品の話だろうか、リーダーに呼ばれる。パソコンをスリープ状態にして彼女のデスクに向かった。

「新商品の件でしょうか…期限は来週だとお伺いしてますが…」
「その件なんだけど、デザイナーの方からどうしてもって言われて…その…」

嫌な予感がする。背中に変な汗が伝った。

「全変更したいそうなの」
「……デザインをですか」
「そうね」

リーダーもきっと精一杯話してかけあって交渉してくれたのだろう。気難しいデザイナーさんだとは聞いてたけど、ここまでとは予想してなかった。

「無理よね、どう考えても」

デスクに重い沈黙が漂う。

「というかもう生地の発注も原案の提出もしてるのよ…今からそれをやめます、なんてどこにも通用しない」
「デザイナー変更もできませんもんね…正直このデザイナーの名前で売り出すみたいなものじゃないですか、今回の商品。もう各雑誌の掲載も終わっているし…」

どうしたらいいのかわからない。それはたぶんリーダーも同じだろう。どうにか、と考えたが社歴の短い私には良い案は降ってきてくれない。

「もう少しかけあってみるわ。それでも無理なら私が引き継ぐ。ごめんなさいね、あなたは悪くないから落ち込まないで」
「とんでもないです。デザイナーとの連携不足でした、申し訳ございません」
「いいのよ。次もあなたに任せるわ。気持ち切り替えて宜しくね」
「はい。失礼します」

やっと回してもらった大仕事なのに、いくらデザイナーが突然意見を変えたといえ、何かサインを出していたはずだ。それを見抜けなかった自分にも非がある。
落ち込みつつデスクに戻って友人に頼まれた仕事に手をつけ始めた。

「(今晩またあのバーに、行ってみよう)」

とにかく目の前の仕事を終わらせなければ、と自分に喝を入れて作業を進める。
ものの十五分ほどで終わったのだが、デザイナーからの連絡があったとリーダーに呼ばれ、緊急会議を開き、会社を出たのは夜の十一時を少し過ぎていた。

「あやか、今日はお疲れ様。私のおごりで、どう?」

リーダーのお誘いにはいつも二つ返事で乗るのだが、今日は遠慮しておいた。かといってバーに行く気もなくなっている。帰って寝たい。

「お疲れ様です。また明日」

スマホを開いてタクシーを呼ぶアプリを起動する。
バーはまた今度、この仕事が片付いてからでいいや。

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