ep.1
名前変換彼、ガウェインさんに出会ったのは久々の休みに訪れたバーだった。
「あちらのお客様からです」そう言って私の前にカクテルを差し出したのがガウェインさんだった。要するにバーテンダー。お酒には詳しくないし、とても弱い私が何故バーに行ったかというと、友人の勧めだった。
「あやかはもう少し遊んだ方がいい!」
と突然言われ、ここの住所と画像をラインで送りつけられたのだ。遊ぶとは?と思ったのだが、友人の好意を無下にしたくはないという気持ちだけでバーに向かった。
友人の言ってたことは入ってすぐにわかった。たぶん女性待ちをしているであろうお兄さんが沢山。けれどあまり男性が得意じゃない上にお酒のこともわからない私は戸惑うことしかできずとりあえずカウンターに座ってみたのだが、何を頼めばいいのかもわからない。
「見ない顔だな、お嬢さん」
「あ、えっと……」
カウンターの向こう側にいたガウェインさんは黒で統一されたファッションに逞しい身体を包み、優しくこちらに向かって微笑んでいた。こういう人は苦手だ。女性に優しくてイケメンで、こちらの気持ちも考えずいい男だからといって踏み込んでくる。そう思いながら水を頼んだ。
「酒は苦手かい?」
「呑めません…」
「そうか」
「こんなところに来て、すみません」
「いや。雰囲気だけでも楽しんでもらえたらそれでいいさ」
甘いマスクで優しい声で、こっちが惚れると思ってやってるんだ、私はそんな軽い女じゃない。
「普通のドリンクもあるから言ってくださいね」
こっちが乗らないと分かると敬語になるのか。なるほど。私も出会いに来たわけじゃないからそれで構わない。
そのあと、「あちらのお客様からです」とカクテルを目の前に置かれたのだ。呑めないってさっき言ったのに、と少し恨みながら、こちらの反応を伺っている同じカウンターの男の人に向かって会釈をしてグラスに口をつける。
お酒の香りと、口の中と喉にまとわりつくアルコール。美味しいとは、思えなかった。
記憶があるのはここまでで、本当にお酒が弱い私はたぶんそのあと眠ってしまって。
起きたらお店のバックヤードみたいなところで眠っていた。ソファではなく椅子を繋げて作った簡易ベッドのようなところで。
「起きたか」
「あれ、わた、し…あれ?」
まだ状況を理解していない私に水を渡す彼。そう、ガウェインさん。
「持ち帰られるよりはマシだろうと思ってな」
妹ってことにしておいた、とよくわからないことを言っている。
「心配すんな。何もしてねぇというか、店閉めたのがさっきだから何かする余裕もなかった」
なるほど、とでもいうと思ったのだろうか。かけてあったタオルケットを胸元までかきあげて睨みつける。
「…あのオヤジに持ち帰られた方がよかったか? お嬢ちゃん」
こちらに歩いてきて俗にいう「壁ドン」をされた。
「こ、子供扱いしないでください!」
「なら大人の扱い、してやろうか?」
簡易ベッドに膝をつき、私の顔を覗き込む彼。
「や、やだ…っ!」
怖くなって自分を守るために両手を上げて縮こまる。
「そんなんで持ち帰られる気だったのか?」
1つため息をついて私から離れたガウェインさん。そんなつもりじゃなかった、という言葉とともに涙が溢れてくる。
バーなんかに来たことなかったし、あちらのお客様からですとか初めてだし、お酒は苦手だから今も気分が悪いし、わたしは持ち帰られたかったなんて思う軽い女じゃない、それを言おうとするけれど、嗚咽しか出てこない。
「お、おい…悪かったよ。からかって悪かった」
「ひぐ、うっ…うぅ…」
あたふたしながらティッシュを私に手渡してくれた。男の人は好きな女に意地悪をしたくなるものよ、なんて母の言葉が頭を過る。けど彼は別に私のことを好きではないだろう。というか、何で私は今そんなことを思ったのか。
「すみま、せ……」
「あとな、そこまで弱いと思ってなくてな、言われたモノよりかなり度数は下げたんだが」
「え…?」
「というか、ほぼノンアルコールに近い酒だったんだよ」
頬をかきながら申し訳なさそうにすまん、と頭を下げたガウェインさん。少し動くだけで甘い香りがこっちに香ってくる。しつこすぎず薄すぎない香りに不覚にもどきりとした。
「かなりキツい酒呑ませろって頼まれてさすがにそれはつって断ったんだが…呑ませろって聞かなくてな。それでできるだけ度数下げて作って置いたんだよ。説明してやれなくてすまねえ」
「…ひっぅ、だい、じょーぶです…」
あれ、案外優しい人なのかもしれない。
「あ、今何時ですか…?」
「ん? 朝の七時半だな」
「えー!! 八時から会議なんです! やばい」
慌てて足元に置いてくれていたパンプスを履いて近くの椅子にかけてくれていたジャケットを取って、お礼を言って出口を聞く。
「あと三十分で間に合うかわかんねえけど送ってく。職場どの辺りだ?」
「ここから遠くないです…けど、悪いです。寝てませんよね?」
「慣れっこだよ、んなもん。ほら行くぞ」
手を引かれて店を出る。店から出てすぐのところに置いてあったバイクの座席の下からヘルメットを出してくる。バイクの後ろなんて乗ったことないのに大丈夫かなと思っていると、ずい、とヘルメットを押し付けられるように渡された。
「え、え」
「付け方わかんねえか?」
顎紐を慣れた手つきでつけてくれる。私の顎に触れる彼の手になんだがドキドキしてしまう。
「しっかり掴まっとけよ」
「はいっ」
バイクに跨って少し前に、彼の方に移動する。さっきよりも濃いガウェインさんの香りが私を包む。腰にしっかりと捕まって化粧がつかないようにこつん、と側頭部をつけた。
走り出したバイクはあっという間に職場についてしまって、少し残念な気持ちになる。
お礼を言って急いでビルの中へ走った。連絡先聞けなかったなあと思いながら。
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