オフの日

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「暇だ」
「だからって別にうちにこなくたって」

グィネヴィアは突然暇だと押しかけてきたガウェインの目の前ジュースを置く。それを受けると一気に飲み干して、おかわり、と図々しく彼女に差し出した。

「……恋もここまで行くと厄介ね」
「なんていったー?」

少し遠くからガウェインの声が飛んでくる。それを避けておかわりのジュースを注いだ。厄介って言ったのよ、と笑いながら言い、また彼の目の前にことりとグラスを置く。

「降臨しなくていいって言われてもよー」
「あの子に会えないからつまらないんでしょ」

グィネヴィアは楽しそうにクスクスと笑っている。

「最近楽しそうに戦ってるものねえ」
「ちげーよ。そういうのじゃねえ」
「あらそう? ならあの子の家、教えなくてもよさそうね」
「は!?」

目に見えて驚いたガウェインは椅子を蹴って立ち上がるとグィネヴィアに詰め寄る。

「素直じゃないんだから」
「なんで知ってんだよ」
「なんでって、女の子同士だからね?」

意味わかんねえ、と一言放ってジャケットを羽織るガウェイン。グィネヴィアはしょうがないわねと言いながらメモに「あの子」の住所を書き込む。

「ここよ。レディのお家に行くんだから失礼のないように」
「はいはい」

生返事を返してガウェインは人界に降りるためグィネヴィアの家を出た。



オフの日は朝早く起きて体幹リセットの運動と軽いスクワット。ここまで十五分。起きて三十分以内に朝ご飯を食べなければいけないので、昨晩用意してあったきれい花を練り込んだパンにワイバーン肉のベーコンを挟んで、サラダと食べた。その後お風呂に入る。まずお湯で地肌を五分ほど洗い、シャンプーをよく泡立てて毛先から洗いはじめる。天然成分が多いので泡立ちにくい。前のシャンプーは毛先は洗わず落ちる泡で洗うと教えられたのだが、これは毛先からと商店のお姉さんに教えてもらった。軽く洗い、ゆすぐ。もうサラサラだ。あのお姉さんに勧めてもらうシャンプーはいつもドンピシャに髪に合う。もう一度同じ量を手に取り泡立てて髪を洗った。泡を含ませたまま十分ほど放置。その間に二の腕をマッサージして脇のリンパに流す。両腕終わった後に泡を流して、今一番お気に入りのプチパールの輝き成分の含まれたトリートメントを毛先にしっかりと塗布する。髪をくるくるとひねって頭の高い位置でとめてこれも十分ほど置いておく。その間に肩を前に五回後ろに五回回して、鎖骨をマッサージ。立ち上がって腰捻りを五十回、骨盤を八の字に左右十周回す。それが終わったらトリートメントを流してまた髪の毛をまとめた。ボディーソープを手に取り両手で優しく泡立て、できるだけたくさんの泡を作る。それをゆっくりと体につけて撫でるように洗う。全体を洗い終えたらぬるま湯でしっかりと流して湯船にざぶん、と肩まで浸かった。

「ふぅー…きもちい」

幸せを感じるときはいつですか、と聞かれたら、ご飯とお風呂と答える。それくらい食事と入浴が好きなあやか。
何曲か前いた世界で覚えた曲を口ずさむ。懐かしさに思わず眉尻が下がった。みんなどうしているのだろう、そんな考えが頭の中をくるくると泳ぎ回っている。

「考えてても仕方ないよね」

未だ存在を誇示したまま頭の中を遊泳している考えを端っこに追いやって風呂場から脱衣所に出た。ふわふわの洗いたてバスタオルに顔をぽふ、と埋める。柔軟剤として使っているアロマフラワーの香りがあやかを埋め尽くした。これも幸せの一つだと彼女は小さく微笑む。
体をさっと拭いてすぐにやすらぐ果実の香りのする化粧水をつける。次に水のしたたるウロコの成分が入った透明感を手に入れられると言われている美容液。湖畔のみなもとが原材料の保湿ジェルを塗る。ここまで終わるとあやかは肩にバスタオルをかけて脱衣所を出た。お風呂上がりのために冷やしてあるさわやかな果実のジュースを飲むためだ。これが彼女のお風呂上がり、スキンケア後の楽しみ。

「ジュース……え?」

リビングに通じるドアを開けると、人と目があった。人と言っていいのだろうか。
そこにいたのはいるはずのないガウェインだったからだ。

「うわああぁぁあぁあ!」
「きゃああああぁぁ!」

お互いに叫び、あやかは咄嗟にしゃがんで体を隠し、ガウェインは腕で自分の顔を隠した。

「ななななんでいるんですか!」
「なんで全裸なんだよ!」

声を合わせてお互いに問う。

「暇だったからだよ!」
「お風呂上がりですもん!」

また同時に声を発する。
しばしの沈黙。
先に動いたのはガウェインだった。大人三人は余裕で座れそうなソファから立ち上がり自分のジャケットをあやかの体にかける。

「むこう向いてっから」
「…はい」

ガウェインの気配が離れてからあやかは立ち上がってバスタオルを体に巻きつけた。ガウェインのジャケットは髪から滴る水で濡れてしまわないようにソファの背もたれに置く。

「ジュース飲みますか?」
「もらう」

ガウェインはちらり、とあやかの方に視線を向けた。そちらを見たその時、腰あたりの大きさの冷蔵庫を開けるために屈んだ彼女のタオルの中がこちらに向けられていて。

「(無防備すぎんだろ…!)」

赤くなる顔と生理的反応で硬く立ち上がる自分の分身を悟られないように彼女に背を向けて座り直す。

「置いときますね。髪の毛乾かしてくるんで待っててください」

あやかはガウェインの変化に気づいていないようで素足をぺたぺたと鳴らしてドアの向こうに消えていった。一人リビングに残ったガウェインは自分の中の異常なまでの興奮に首をかしげる。確かにあやかの体はそそるものがあった。主張しすぎない丸く白い胸に、戦いの中で絞られたウエスト、しっかりとその存在感の感じられる女性らしい肉つきのいいヒップ。そして筋肉と脂肪のバランスが取れたさわり心地の良さそうな足。腕は華奢だがふんわりと肉が付いているのかやわらかな曲線が男の欲を掻き立てる。だが、いくら全裸を見たといえどここまで興奮するだろうか。そこまで考えを巡らせて、あることを思い出した。グィネヴィアの家を出る時に彼女が何か一言伝えていたような気がする。家の中から聞こえてきた声は障害物に当たって聞き取りづらかったが、確か「効果が出るのはついて少ししたら」だった。…効果?
目の前のジュースをじっと見つめる。グィネヴィアの家で飲んだのはなんのジュースだったか。今目の前にあるのはさわやかジュース、黄色だ。ガウェインが飲んだのは赤色だった。

「(っ……謀ったな…!!)」

ガウェインが二杯一気に飲み干したのはたかぶるジュース。しかもかなり濃い味の。
グィネヴィアははじめからあやかの住所を教える気でたかぶる果実のジュースをガウェイン飲ませたのだ。グィネヴィア本人からすれば、飲ませたのではなく「手伝ってあげた」のだが。

「お待たせしました〜」

ガウェインが必死に己をたしなめているというのに、呑気に丈の短いヘソ出しTシャツとハニワ柄の綿素材のショートパンツで脱衣所から出てきたあやか。

「帰る」
「え!? まだ何もしてないじゃないですか…」

興奮状態のガウェインは何を聞いても彼女から発せられる言葉が誘い文句に聞こえてしまう。

「何もって…なんもしねえよ」
「えーじゃあなんできたんですか?」
「なんでって…」

理由はなかった。いや、彼は認めていないだけで、会いたかっただけなのだ。だがそれはもちろん、お互いに。

「私は会いたかったですよ、ガウェインさんに」

全裸を見られたのは恥ずかしかったですけどね、忘れてくださいね、と付け足して耳まで赤くなるあやか。
ガウェインの我慢の糸が切れたのはちょうどその頃で。

「…忘れろだって? これから目に焼き付けるもんをか」
「へ?」

素っ頓狂な声をあげてガウェインを見上げる。その頬をむに、とガウェインの長い指が掴んだ。押された頬はむにりと凹んで唇がぷっくりと浮き出てくる。

「むーー」

可愛らしい声を発しつつ少し困った顔をするあやか。その顔が驚きに変わるのに時間はかからなかった。ガウェインの顔が近づき唇が触れ合う。びっくりして距離を取ろうと伸ばしたあやかの腕は簡単に掴まれてしまう。長いキスの雨が降ってくるのかと思いきやガウェインはすぐに顔を離した。あやかの顔が見たかったのか、息のかかる位置で止まってじっと彼女を見つめている。

「なん、ですか…」
「そんな顔もできるんだな」

薄く開かれた唇から紡がれた言葉の糸があやかの身体をぐるぐる巻きにしてしまう。視界いっぱいに広がるガウェインの顔とかかる息が世界の全てになる。

「こんな顔、誰にも見せられません」
「今見せてるだろ」

一度短い、触れ合うだけのキスが落ちてきた。目を瞑る暇さえ与えない短い口付けにあやかは少しの物足りなさを覚える。

「それはガウェインさんに、だから…」

言っていて恥ずかしくなったのか顔を背けるあやか。ガウェインは掴んでいる手を強く握りなおし、

「こっち向け。顔見せろ」

と、少し強めに命令する。

「やだ、はずかし」

言い終わる前にガウェインの顔があやかの首に埋まる。ちぅ、と吸ったり、舐めたり噛んだり、変則的な動きに小さな声が漏れた。

「また汗かいちまうな」
「……一緒にお風呂、はいってくれますか?」
「なんだそれ………入るけどよ」
「なら、いいですよ」

お互いにくすり、と笑ってソファに移動する。洗いたての髪と肌を何度も何度もその手で確かめるように撫でるガウェイン。それを幸せそうに受け入れるあやか。まだ生まれたての朝日が二人の愛の時間をきらきらと照らしていた。

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