えへへへへ、と喜びを隠しもせずに音無は笑った。 何がそんなに面白いのだろうと文字の羅列を追いながら頭の隅で思考する。ただその笑みが存外に可愛らしいものでして。もわあっとピンク色の妄想が蔓延る頭を鬼道に見られたら殺されるんじゃないだろう、か。ああ彼に人の思考を読み取るという超人じみた能力が無くて良かったなあ。…。音無の笑みは可愛らしいものの、それに反応し声をかけるなどという行為をする気は毛頭なかった。面倒。そもそも音無春奈という女性は俺にとって些か苦手な部類にはいる。同属嫌悪というか騒音の二乗は五月蝿いだけというか。そんなわけなので出払った部室は彼女の声だけで埋め尽くされており、騒音はかける1つまりただの騒音なのであった。 「…声かけてくれたって、いいじゃないですか」 「なんでだよ」 「なんでもですー。」 むう、と頬を膨らませる彼女はリスのようだ。そのまま無視でもしようものならまたネチネチと言われることは分かりきったことなので、仕方なく本を閉じる。やべ、栞挟んでなかった。 「ふたりきりですね、先輩!」 「木野、早く帰ってきてほしいな。」 「なんでですかあ。せっかく二人しかいないというのに。」 「雷門でもいいや。」 「むー。」 ところでなんでマネージャーでもない俺がグランドではなく部室にいるんだろう、と少しばかり思わなくもないのだけど、まあ体力ない俺は実質マネージャーといってもおかしくないしなと考えを改めた。フォワード兼使い走り。なんて肩書きだこん畜生。 「先輩、しりとりしましょう。」 「だるい。」 「りー、りー、リニアモーターカー!」 「無視か!」 そして定番であるりんごを言わずリニアモーターカーをセレクトするとは何て奴だ!「アイスランド」「ドラえも…ドアラ!」「ライス」。何気に危うい橋を渡りつつしりとりは続く。ス、ス…音無が空気の抜けるような音を発しながら首を傾げた。 「…好き!」 思わずどきり、と胸が高鳴る。落ち着け俺、これはただのしりとりだ。断じて告白ではない、というかこのタイミングに告白をしてくるような子はまずいない。平穏を装いつつも音無の顔を覗くと、彼女は最高に良い笑顔を浮かべていた。言葉にするなら、してやったり。ははあ、そっちがそうするなら俺だって。 ちゅう、と可愛い音がした。目を見開いて驚く音無の唇は結構甘い。リップクリームでもつけているのだろうか。離れて、「キス」と答えると、音無はかああと頬を赤くして、「す、好き!」と言った。「同じ言葉は二回使っちゃ駄目なんだけど」、にやり、笑った。 苺色に染まる |