カーテンコール! | ナノ




(死描写あり)


嫌いだった。大嫌いだった。あのへらへらとした笑みも、私を見つめるあの瞳も、彼を構成するすべてのものが嫌いだった。私たちエイリア学園の者は命がけでお父様の願いを叶えて差し上げようと奮闘しているのに、彼だけは、そんな私を嘲笑っているようにみえるのだ。しかもそんな彼がお父様に良く思われているだなんて―…嫉妬、そう解釈されてもおかしくない。寧ろ私は、彼を羨ましく思っていたのかもしれない。だから彼という存在を憎むことで鬱憤をはらしていたのかもしれない。まあ、過程はどうあれ、私が彼を嫌っているということに嘘偽りは、なかった(はずだった、)。


彼と初めて対面したのはお日さま園の砂場だった。彼は私の作っていた砂のお城を見て、「かっこいい」と言った。初めて聞いた声は大人びていて、私は少しだけ彼に距離感を感じた。大人びているのは声だけではなく、他の子供と遊んでいる最中、時折見せる表情、仕草もそうだった。全てを悟ったかのような、ほのくらい感情を、詰め込んでいるようだった。そのたびに私は憎悪の気持ちに駆られ、同時に、普段彼が見せる笑顔が偽物なのだと思い知った。馬鹿正直な少年は、その頃から狡猾な蛇のような心を持ち合わせていて、器と中身の違いに心底驚いてみたりも、した。イミテーションで構成された彼の心を、理解できているのは、私だけだ。何しろ彼は、孤児の私たちに慈愛をくださるお父様にさえ、仮面を、嘘を貼り付けていたのだから。そのことは、酷く私の心を抉り取った。最低だ。最悪だ。そして、その頃の私には、お父様が去った後一人外界との距離を絶たれた門の前で悲しそうな笑顔を浮かべる彼の気持ちを、読み取るなんてことは出来なかった。今もそれは、出来ないでいる。


私は一度、一度だけ、彼に直接嫌いだということを伝えた事がある。「俺もだよ」と、言ってくれたら良かったのに。彼は私の大嫌いなあの笑顔で、「俺はウルビダのこと」、ああ、思いだしたくも、ない。虫唾が、奔る。名前を呼ぶな、微笑むな、私に触れるな、思いつく限りの罵声を浴びせてグラウンドを去った私の脳裏には、今でも去り際の彼の寂しそうな笑顔がこびりついている。気持ちが悪いのに、忘れるということは出来なかった。そしてそれが、奇しくも、最後に見た彼の笑顔だった。


いつものマスターランク専用の練習場には、色が欠けていた。グランが言った、「ナマエは、死んだ」事故だったらしい。誰かが練習中に蹴ったボールが後ろの方の器材に当たり、倒れてきたらしい。そしてその近くにはアイシーと彼がいて、アイシーをかばった彼は鉄材の下敷きになってしまったそうだ。外傷はなかったものの、元よりそこまで健康的ではない彼はショックで。それを聞いた瞬間私の心の中のもやもやはふっ、と消滅してしまった。人望に厚い彼だから、ダイアモンドダストは元より、プロミネンスや私達ガイアまで悲しみに包まれている中で、私だけは歓喜に心を震わせていた。これでもう私は、私は。


感情に、穴が空いてしまったようだった。何かが足りない毎日を過ごしながら、私はその原因を考えた。何が足りない、何が。廊下を歩く時、食事をする時、練習場を駆ける時、日常はいつもと何か違ってみえた。苛々する、気持ち悪い。そしてその原因に、思いのほか呆気なく、気づいてしまった。あの部屋を通りかかるといつも彼とすれ違った。食堂の特に決まっていない席、彼はいつも私の隣に座っていた。練習場の隅っこの方でシュート練習をする彼を私はいつも。見つめてた。そうなるともう私は自分に嘘をつくことが出来なくなってしまい、ぼろぼろと崩れ落ちてゆく。ああだめだだめだだめだ。考えてはいけない、脳はそう命令していたのに体が、心が言うことを聞かなかった。私は嫌いだった。大嫌いだった。あのへらへらとした笑みも、私を見つめるあの瞳も、彼を構成するすべてのものが嫌いだった。あの日のお日さま園で、私に初めて声をかけてきた彼が嫌いだった。優しくしてくる彼が嫌いだった。悲しそうにする彼が嫌いだった。悩みを誰にも打ち明けられずに心の底に溜め込んでしまっている彼が嫌いだった。お父様に気に入られる彼が嫌いだった。皆に慕われる彼が嫌いだった。グランの誘いを蹴ってダイアモンドダストに入った彼が嫌いだった。嫌いだった。大嫌いだった。そして私は、自分を偽りつづけ昔の彼のように自分の気持ちに嘘をつく私が嫌いだった。彼の名前を口にするだけで苦しくなる心が大嫌いだった。


だいきらいなあなたへ
(愛の言葉すら告げられていないというのに)




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -